ルルーナガー8
「こんにちは、女王アリ」
そう挨拶されたので、
「こんにちは、天使」と、挨拶を返した。
この人の声、なんだか聞き覚えがある。
天使は羽を広げ、ふわりと降りてきた。
「ずいぶんと久しぶりですね。この世界にもだいぶ悪魔が入り込みましたよ、私の食事を盗み食いするろくでもない悪魔たちが。それもこれも全てはあなたが祈らず、決済を利用しないせいです」
「決済って、タリエル決済のこと?」
天使は頷いた。
「女王アリが世界存続を願い、毎晩1匹の働きアリの命を差し出す。私は27日に一月分の生け贄をまとめて受け取り、世界を持続させる。ここはこういう仕組みです。私も飢えていてはパワーが出ませんのでね」
「……つまり、私は、毎晩生け贄を差し出し……つまり人を殺していたということなの……?」
「ええ」
「そんな……嘘でしょ……?」
「嘘ではありませんよ。あなただって薄々気づいていたのではないですか」
そんなの知らなかった。そんなつもりはなかった。それは言い訳になるだろうか。私がもともと抱えていた罪がさらに深くなり、重みに耐えきれず、凍った大地に膝をついた。
「人を殺した……? 私が……? 私は救済する側なのに……?」
「この世界ができてから、今日までで20年ほど経過しましたが、3,600人ほどの生け贄を捧げていただきました。どれも美味しくいただきましたよ。でも、もしも女王アリが10年もサボらなければ、私は本来7,000人分の命をいただけたはずなんですが」
ただのお祈りのつもりだったのに。誰かを犠牲にするつもりなんてなかったのに。これは本当の話なのか。夢じゃないのか。本当に私は人の命を生け贄として天使に捧げてしまったのか……。ああ、最悪だ、これは本当のことだって私はちゃんと理解している。夢のようなことばかりだけれど、生け贄が死んでいることだけは真実。それも私が祈ったせいで。また罪をおかしてしまった。
頭の奥がちかちかする。待って、なんで私はお祈りをしたんだっけ。なんのために?
――そもそも私の罪って何!?
両手で頭を抱えたまま見上げると、青空を背にして立つ天使が目を細めた。
空が、青い……。
いや、違う。空は黄色いはず。それが私の罪。なにそれ、罪って何なの。ちっともわからないのに、泣きたくて吐きたくて体を折り曲げて呻いた。
「う……ううっ……」
「そんなに落ち込まないでください。仕方がなかったのですから。これからも皆の幸せのために、毎晩祈って生け贄を欠かさないようにしてください」
ああ、こいつはきっと悪い天使なのだな。ひとのことは言えないけれど。私だって邪教の……邪教のなんだっけ。
「さあ、顔を上げてください。これからきちんと祈り続けて、働きアリを捧げて、それで働きアリがいなくなったら、あなたの子を私に捧げてくださいね。次の女王アリをね」
その瞬間、怒りが全ての感情を消し去り私を支配した。
「そんなこと絶対に許さない! 私の娘を捧げたりなんかしない!」
眉をひそめる天使に雷の魔法をお見舞いしてやった。しかし天使は平然と受け止めて、「最後に魔法使用の実費分として3人分の生け贄をいただきました。ありがとうございました」と言い、にっこり笑うと消えてしまった。殺せなかったのは悔しい。でもいまは天使のことなんかどうでもいい。
あたしには娘がいたことを思い出したのだ。あたしは女子高生なのに、成人女性の娘がいる。何かがおかしい気がするけど、そんなことより娘に会いたい。娘はどこだろう。私のゴーサは。
ああ、なにも思い出せない。なにか大事なことがあったはずなのに。ゴーサ。どうか無事でいて。
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