4:ここは迷いの森よ

あれからと言うものの、パティは秋篠に相変わらずの笑顔でいてくれた。


秋篠の進捗は以前よりも早くなった。

スタディがある程度纏まり、作業はブロック分けに移った。つまり、間取りの前身、ここは人が集まる場所、ここは個人が使う場所、ここは見晴らしがいい場所、など大まかな要素を考えていく。その場所の特性を書きまとめ、その後で具体的な部屋の役割を決める。

しかし魔王城だ。普通の住宅や公共施設の建物とは必要な特性が全く違う。それに劇場と魔王城という掛け算は面白いが、上手く纏まらないでいた。

秋篠は思い浮かんだアイデアに何度も首を傾げながらも、この仕事を楽しんでいた。


秋篠達は山へ再度向かったが、途中パティと番人2人と森の中逸れてしまった。

森の調査もやりたいが、秋篠は一人、取り敢えず山に向かい歩いて行く。

しかし、秋篠はいつまで経っても山へと辿り着く事が出来ないでいた。この森の中、同じ場所を何度も歩いている様で、そしてずっと誰かの視線を感じる。パティ達が心配な秋篠だが恐怖を覚え何も喋らず、歩いていた。


秋篠は物は試しと山には向かわず逆方向へと歩く事にした。これには何か訳があると感潜った。暫く歩き続けると、森の中開けた場所が見えてきた。


「………ここは?」


何と、森の中に遺跡があったのだ。そこには石造りの建造物が崩れたようなものが幾つもあった。道も舗装された形跡があり、1つの街があったかのように思える。秋篠はパティの事を忘れて遺跡を見て周る。


「、、、」


微かに聞こえた、唸るような低い声。何を言っているか秋篠は聞き取れなかったが、秋篠は立ち止まり、声のした方向を振り向く。

そこには黒い影が立っていた。その影はまるでこの世に存在してないかの様に物体ではなく、ぼんやりとしており、禍々しいものだった。その影は1つ、2つとどんどん集まっていき、秋篠を囲った。


「!?ごめんなさい!!」


秋篠は尻もちをつき、あまりの恐怖に足が動かなくなってしまった。

すると秋篠の前に女が現れた。

グレーのスカートスーツ姿の彼女が手を前にかざす。女はブツブツと呟くと黒い影達は消えていった。女はそれを確認すると振り向き、秋篠を起こした。


「あなた、なにしてるの?」


女は黒縁の眼鏡を掛けていた。秋篠より少し年上に見える。黒髪ショートのセンターパートで、30代くらいだろうか。

顔色全く一つ変えない。


「はい、ありがとうございます。あの、さっきの奴らは一体?」


秋篠の問いに、女は何も答えなかった。


「あ、あの、助けて頂いた所なんですが、秋篠と申します。道に迷ってしまって。でもこの森、何か不思議で。」


「それはそうよ。だってここは迷いの森よ。私はこの森を管理してる者なの。」


迷うのも当然、と女は上目遣いになった。


「何故、ここまで来た。」


「い、いやあ分からないです。すみません。」


暫く2人の間に沈黙が続いた。


「………ま、いいわ。そうね、秋篠、ここは出てってもらう。お連れの人達は森の外にいるみたいだから、この迷いの森の外まで私が案内する。着いてきなさい。」


そう言うと女は歩き出した。秋篠は女に付いていくしかなかった。


「秋篠、あなた人間でしょ。」


「はい。」


「人間なんて初めて会う。それも迷いの森を抜けこの遺跡に着くなんて、あり得ないわ。大体、人間界から何しに来たの。」


女は目線を真っ直ぐ前にしながら、秋篠に話しかけた。秋篠は内心ビクビクしていた。設計事務所の怖い先輩に雰囲気が似てるのである。


「あ、はい。私は建築士でして、魔王に連れて来られたんです。あそこの山に城を建てるのが私の仕事でして。そして城下町の区画も造ることもあり、森の調査の為にこの辺りを見てたんです。急な事だったんですが、この仕事が楽しいんです。」


女は眉毛を八の字にして、秋篠を見つめた。


「ここは駄目よ。場所をズラして頂戴。この辺り以外は大丈夫だから。」


「その様ですね。」


こんな危険な森の近くに街をつくるなんて出来ない。また幾つか山の周りを散策しなければならないか。秋篠の仕事はまだまだ終わらない。


「街のエリアについては再検討致します。この森は、私の様に迷い込んでしまうんですよね。」


「私は、何百年ずっとこの森を守ってきた。毎日見廻りをしてこの森の迷子を先導すること、遺跡に辿り着かない為に。それが私の役目。本当はね、遺跡まで辿り着いた者は殺してきたの。」


「!?」


秋篠は立ち止まり、女を凝視した。

女はやはり真顔のままである。


「気にしないで、私の気まぐれだから。」


女はそう言うと黒縁の眼鏡を掛け直し、歩き始める。秋篠は呆然としていたが、ふと我に振り返り女に着いていく。


「秋篠、後は私が指差す方を振り向かずに、真っ直ぐ歩いて。そうすれば森を出られる。それと、遺跡の事は誰にも口にするな、絶対に。」


「あ、はい。ありがとうございます!」


秋篠はフウッと息を吐き安心した。


「私の名前は、レインよ。また会うか分からないけど、名乗っておくわ。」


「レインさん、、、」


レインは静かに頷き、返事する。


「秋篠、良いこと教えてあげる。真っ直ぐ歩いて行くと、近くに小屋があると思う。そこに素敵なおじさまが暮らしている。土地に詳しいから会うと良い。」


「そ、そうなんですか。会ってみたいですね。」


「じゃあ、秋篠、もう行きな。二度とここには近づかないで。」


レインは素っ気なく秋篠を見送る。

秋篠は歩き始めるが、決して後ろを振り向かずに草木を掻き分け進む。


「正解よ。」


レインの背後から、エミが顔を出した。


「あなたは、、、!?」


「レイン、あの遺跡に辿り着く者は殺してきたあなたが、らしくないわね。でも今回だけはそれで良いの。彼を殺していたら、あなた、危なかったわよ。」


レインは後退りをした。


「何故人間を連れてきた。彼はまだ若い、それに街にはサッコンクがいるだろ。」


「簡単よ。レインちゃんと同じく、私の気まぐれ。フフッ、あなたは気まぐれと言っていたけど、特別な感情が働いたんじゃないの?」


「!?」


エミはそう言いキャハハと笑いながら、秋篠が向かった方へ走り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る