3:魔界に伝わるこのお伽話

秋篠は食事をしながら、設計のことをぼんやりと考えていた。パティと目が合うと、いつも笑顔で返してくれる。


「ごちそうさまでした。」


秋篠は食事を終え席を外し、作業台へと向かう。設計の続きだ。


魔王に山を調べてもらい、その情報を元に山の形状、そしてその周りの地形の模型を作り、秋篠は城のスタディ模型を作っていた。スタディ模型とは、大まかな建造物の形を考える為のものだ。使う物は段ボール、或いはスチレンボードなど様々だ。頭の中やスケッチよりも、立体的で視覚的に建造物を捉えやすい。敷地模型と合わせれば、周りとの関係性も見えやすくなるのだ。


「スタディ、と言っても城なんて考えた事無かったからなあ。」


秋篠の机にはスタディ模型が沢山置かれていた。少しずつ形を変えて、探っていくのだ。


「置いておきますね。」


パティはそっとお茶を置いた。

頬が赤く、ニコッと笑う。


「パティ、少し休んだら?」


秋篠の言葉に、パティは少し驚いたようだが、また笑顔に戻り、


「いえ、秋篠様の為なら何でも致します!」


と、胸の前で手を握り元気に答えた。

秋篠はパティに体を向き直した。


「パティ、聞いてくれないか。これだけは言っておきたい。」


秋篠の何か覚悟を決めた目に、パティは構えた。


「パティが好きだ。いつも明るく元気で、いつも笑顔で、本当に支えになってくれる。だからずっと側にいてほしい。それに、いつもありがとう。」


秋篠は目を逸らさず、じっとパティを見つめた。

パティは目を丸くし、両手で口元を押さえていた。


「そ、それはこの上ないお言葉、です。」


パティの目は潤い、笑みを浮かべた。

秋篠がそっとパティの手に触れると、パティの手は離れた。


「そんな、私のような身分が、いけません。」


「身分なんて関係ないよ。」


「いえ、秋篠様の願いであっても、、、私は、、、」


そう言い、パティは部屋の奥へと小走りし、壁の向こうへと隠れた。

秋篠は暫く何も考えずぼんやりとした。


「パティが好きですか、秋篠さん。」


突然、女性の声が聞こえた。

声の主は白いワンピースに長い黒髪のおさげ。黒いハイヒール。なんと、銀座で出会い、秋篠をこの世界に連れてきた女の人だった。


「あ、あなたはあの時の、、、」


「はい。」


女の人は少し嬉しそうに返事をした。


「急に、なんで、こんな所に?」


「ずっと見てましたよ。秋篠さん。」


秋篠は魔王の話を思い出した。確か彼女は魔王の母で、実体がなく魔力の姿でしかないと。


「あなたは、魔王の母なんですか?」


「あら、そう。魔王がそう言ったの?ま、確かにそうかもしれませんね。」


「え、、、?」


秋篠の困惑する顔を見て、女の人はプッと吹き出した。


「パティちゃんはね、主人である秋篠さんと恋なんて許されざる事だと考えてるのですよ。秋篠さん、想いを伝えるのは素晴らしいと思いますが、手を出してはパティちゃんもね、それは引きますよ。」


正論でしかない。秋篠は何も言えなかった。


「で、秋篠さん。私の事も好きですか?」


「な、何なんだよ。急に現れたと思ったら。」


秋篠の言葉を聞いてないように見えた。この女の人って、こんな感じだったなと秋篠は思い出した。


「ねえ、私の事は好き?」


「はあ!?」


秋篠は苛ついていた。そしてやはりこの女の人と話す時、秋篠は敬語を忘れる。


「好きかって、あんたの事よく知らないし、そう言えば名前聞いてなかったし。」


「そうでしたか、私はエミ。この魔界と呼ばれる世界を創ったのは、何を隠そうこの私です。」


「!?」


エミは腕を組み、語り始める。



はるか昔から天界という所に、天使達がいました。天使達は遠い空から人間達を見守り、災いから救う日々を過ごしていました。


天界には封印された剣がありました。それにはとても強い力が宿してあり、天界でもその存在を知る者は多くなかったそうです。

ある一人の天使が剣の存在を知り、その剣に触れてしまいました。その天使は剣を持ちを襲い、それは恐らしい程の虐殺でした。人間界にも降りて、天使達はそれはそれは必死に後を追いました。


堕天使となったその者は、天使達により封印され事態は休息しましたが、いまでもその末裔がこうして魔界に住んでいると言う事です。



「どうですか、秋篠さん。魔界に伝わるこのお伽話。」


「………事実だろ。」


エミは再びプッと吹き出し、お腹を抱え笑い転げた。


「あの、エミさん。」


「そんな、エミでよろしくてよ、秋篠さん。」


「エミ、、、お伽話って言うけど、その堕天使ってのはあんたか?」


「ピンポーン。」


エミの静かな微笑みに、秋篠は背筋に電気が走った。魔王と同じ、フラットに話せるが恐ろしさをふと感じさせてくるのだ。

しかし、自分達の知らない所でそんな大事件があったなんて。魔界のルーツは興味深い。


「………ごめんなさい、楽しいところですが帰りますね。この姿は安定しませんので。」


「もう帰るのか?」


「秋篠さん、聞きたい事なんて山ほどあるでしょうけど、今は設計頑張ってくださいね。パティちゃんは純粋な子だから、そっとしといてあげてください。では、バイバイ!」


そう言うとエミは紅い唇を指でなぞり、消えていった。


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