第2章 建築士と魔界の母

1:ハグをお願いします

魔王とのミーティングを終え、秋篠は次に現地調査をすることに決めた。設計をする上で、周りの環境、つまり何があって、どんなものが見えるのかは大切な事。

地盤、気候や季節、年間行事なども調べるが、魔界は少しクセがあるようだ。


地盤は何処も硬い。

天気は基本的に晴れているようだが、魔王が怒りを露わにすると、暫くは嵐が続くと聞いた。

年間行事は祭りが何回かある。それは勿論魔王のショーがメインである。山の上に城を建てるが道なんて無い。

前情報としては、このくらいだろう


「秋篠様。お荷物をお持ち致します。」


出発の準備中、パティは手を前に出して秋篠のバッグを持とうと促す。


「いや、いいよ。これ重いから。」


「あ、き、し、の、さ、ま。恐れ入りますが、私を見くびらないでくださいませ。」


そう言うとパティは、仕事道具が入った大きなバックを持ち上げ、軽い軽いとアピールをしてきた。秋篠は思わず苦笑いをした。


「分かった、分かりましたよ。そこまで言うならお願いします。」


「はい!秋篠様をこの私、パティが全力でお供します!秋篠様がお喜びになられたら、それは何よりでございますから♪」  


パティは胸を張った。

黒いワンピースに、ミディアムパーマだから、一見、大人びた女性に見える。でも彼女は、子供らしい元気と言うか。

召使いは嫌々仕事とかするのかなと秋篠は思っていたがパティは違った。まるで楽しむように、仕事をする。

仕事に喜びを持つ事に、秋篠は共感した。


「じゃあ、行くか。」


「はい。お荷物はお任せください。」


2人、小屋を出る。

秋篠は外が夜な事に拍子抜けするが、もう、夜に慣れてきていた。


「………」


番人は、今日も静かに付いて来る。


「何かお困りの様だとお察ししますが。」


パティは秋篠の顔を伺いながら恐る恐る言う。


「ああ。困っている。向こうに見えるあの山が目的地なんだろ。」


ここから数キロくらいだろうか。

山の麓は広いと見る。

上に連れてだんだん山頂は尖っていく。

山の上に建つ城は世界中に幾つもある。

だが、建物を建てるにしても険しく、尖り過ぎる。


「あんな山、どう削れば良いんだ。」


「それでしたら、街の住人達にお任せください。」


「………魔界の住人にか??」


「はい。」


パティは足を止めて、荷物を置いた。


「あの街は以前お話致しましたように、製鉄で栄えた街です。力仕事の労働も多く、そして力自慢の方々が沢山いらっしゃいます。」


「………頼めるのか?怖そー。」


街の酒場で会った人々は皆優しかった。だが人間なんかの指図を受けてくれるのだろうか。


「ご心配なさらず、大丈夫です!魔王様はこの世界では1番影響力がございます。」


「そうか、まあ、魔王にその辺は手伝ってもらう事にしよう。」


秋篠達一行は山の麓に到着。

パティは大きなバッグを置いた。

やはり硬い地面。杭を刺さずとも、魔界の地盤なら建物は建つだろう。手抜きなんかしたく無い。秋篠には、建築士としての誇りがあった。


「この険しい山に、どう建築なさいますか?」


「ん〜。上を削って平らにするか、それが良いのかな。」


西洋の有名な城を幾つか思い出してみる。

やはり、山の天辺に造れば魔王の威厳も表現できるだろう。


「登りますか?」


パティは目を丸くして聞いてきた。

その真っ直ぐな目から、冗談で言った訳では無いと秋篠は思った。


「流石に、これは登れないな。まあ、楽に登れたら良いがな。」

 

「一緒に参りましょうか。」


「あ、いや、この高さだぞ!?」


パティはバックを持った。


「恐れ入りますが、秋篠様。ハグをお願いします。」


「ハッ、ハグ!?」


秋篠は困惑した。

女の子にハグなんか、した事が無い。

いや、何回かパティにされた気がする。

秋篠は恐る恐る、パティの小さな体を抱きしめた。するとパティは震えだした。


「ん、もう、大丈夫なの。もう、いい?」


秋篠は思わず聞いたが、パティは何かに集中して、目を瞑っている。

何と、パティが白く光りだした。


「おいパティ!どうした!?」


パティから返事が返ってこない。

秋篠は不安になってきた。


「おい、番人!!パティが、何か、変だぞ!オイ!闇を繋ぐ者!」


番人は静かに立っていた。

白い光はやがて消えていき、光はパティの背中だけに残った。

光が広がり、それは翼を形作る。

パティは目を開いた。驚く秋篠の目を見るや否や、パティは笑顔になった。


「はい、準備完了です!!これで山の上まで参りましょう!」


「………飛べるのか?」


「はい!しっかりと私をお掴みくださいませ!」


パティ達はフワリと宙に浮き、翼を羽ばたかせ夜空へと向かう。必死にしがみ付く秋篠は泣いていた。彼はジェットコースターや、飛行機や、速いものが苦手なのだ。


「パ、パティ!………速い速いって!」


「申し訳ございませんでした!?」


そう言うとパティは、山の中腹に着地した。


「本当に、本当に申し訳ございませんでした!………恐れ入りますが。飛ぶのが慣れてなく、その。」


パティは翼を消して、そして頭を下げた。

暫く目が回る秋篠も、頭を振り正気に戻る。


「いいや、大丈夫だけど。でも、凄かった。パティって飛べたんだね。」


「こんなに飛んだのは初めてでした。」


秋篠は違和感を感じた。


「………え、番人、置いて来ちゃったな。」


「あ。」


「ま、番人は大丈夫な筈だよな。」


多分番人は黙っていてくれるだろう。


「うわ〜、綺麗………」


パティの丸い目は大きく見開き、輝いていた。

その視線の先には、広がる森と赤い月。遠くには大河が見える。そして森が広がるさらに奥には、少しだが海原が見えた。

秋篠は、この世界に幻想的な感動を覚えた。

魔界は美しく、恐ろしく、不思議な世界。魔界が織りなすこの光景には、言葉を失う。


「綺麗だな。」 


「はい。とても。魔王様にもご覧になっていただきたいです。」


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