7:この世界にいる唯一の建築士

秋篠の体中に流れる、魔王の魔力。

魔力は秋篠の体で暴れ出し、だが今は落ち着いている。本当にそれが魔王の魔力ならば、秋篠は徐々に魔王に支配されているのではと思った。仕事の受注者とは言え、やはり相手は魔王。侮れない存在だ。


「秋篠様、これからどうなされますか。家に戻られますか。」


闇を繋ぐ者は秋篠の顔色を伺いながら言った。


「いや、聞きたいこと言いたいこと幾らでもあるけど。まあ折角歩いてここまで来たから、観光は続けるかな。少し休めたし。」


闇を繋ぐ者は不気味なオーラに包まれ消えて、そこには番人が立っていた。


「秋篠様、本当に、大丈夫なのですか。」


パティはうるっとした目で秋篠に聞いた。


「大丈夫だって。さ、観光の続きだ。」


秋篠達は店を出た。

先程の店の者が外にいた。


「おやお客さん、大丈夫ですかい?」


「ええ、今はこの通り。ご心配をおかけしました。」


再び狭い道を暫く進むと、中から明かりが漏れ出た建物がある。賑やかな声が沢山聞こえてくる。


「ビヤホール、酒場のようですね。」


「おお、じゃあ入ってみるか。」


秋篠とパティは扉を開けた。

番人は外で1人、待つようだ。


「お前は入らないのか?」 


番人はいつものように黙り込んでいた。


「そうか、じゃあそこで待っててね。」


秋篠達はギシィッと大きな音を立て扉を開く。

中はまるでウエスタンの世界のようだった。

床や階段の手すりなどが木で出来た、映画で見たままのモダンな雰囲気。テーブルで魔界の住人達が酒を飲み、魔界の料理を口にして、皆食事を楽しんでいる。中央には段差があり、そこは舞台のようにも見える。


「そこで踊るのか。ここはキャバレーか。」


「凄いですね。こういう所に参りますのは初めてです。」


右に目を向けると、バーカウンターがある。

少し品がある男がいる。この酒場の主人のようだ。グラスを磨き、にこにこしている。


「いらっしゃいませ。」


マスターは秋篠達に気づくとグラスを置き、笑顔を見せる。


「どうぞ、こちらに。」


マスターに促され秋篠は、カウンター席に座る。


「お客さん、もしかしてこの街初めてですか?」


「は、はい。」


マスターはグラスを出し、飲み物を注ぐ。


「どうぞ、こちらはサービスです。」


「ありがとうございます。」


秋篠は飲み物を口にする。

アルコールを微かに感じる。

ビールのようだ。スッキリとしたのどこじ、味もクセが無く、酒が苦手な秋篠を見抜いて合わせてくれたようだ。


「どうぞ、小間使いさんも。」


「あ、ありがとうございます。」


パティも秋篠の隣に座り、飲み物を口にする。このマスター、何でも見抜く人のようだ。


「マスター。私は今取材みたいな事をしてまして。この街を観光しに来たのですけど、あなたなら何でも知ってそうですね。」


マスターは息が混ざった低い声で笑った。


「ええ。この酒場は街中の人々が集まるのですから。ところでお客さん、お仕事というのは?」  


「建築士です。」


「それはそれは。」


マスターは笑顔から、ふと真顔になる。


「お客さん、失礼ですが、お名前は?」


「秋篠秀輝と申します。」


秋篠の言葉にマスターは一瞬止まる。

秋篠は囁いだつもりが、意外にも声が響き、後ろのガヤガヤした魔界の住人達もこちらを気にしだす。


「………?」


「いえ、秋篠様。お気になさらず。」


いや気になるわ。とツッコミたいのを秋篠は何となく堪えた。

すると秋篠の隣に大男が1人、座る。


「兄ちゃん、建築士かい?」


「は、はい。」


大男は若く、同世代にも見える。


「魔王様の城、建てんだろ。」


「はい、よくご存知で。」


大男はマスターの顔を一瞬伺う。

マスターは持っているグラスに視線を移し、再びにこにことグラスを磨く。


「この前、仕事で木の伐採をしている時によ、魔王様に会ったんだ。城を建てたいって魔王様がおっしゃっていてね。そこで俺は兄ちゃんを知ったんだ。」


「そ、そうなんですか。」


秋篠の周りに、魔界の住人達が集まってきた。


「凄いよな、あんた。人間界から引っ張りだされたって聞いたぜ?苦労もあっただろ。」


「魔王様は少しいい加減なところもあるが、面白い方なんだよな。」


「それに王と言いながら俺らのような輩とも接してくれる、優しい方なんだ。」


魔界の住人達はそれぞれに愚痴を語り始めた。


「魔王城を人間に任すとは。まあ、アイツもキレるだろうな。」


魔界の住人の1人が言った。


「………アイツ?」


「ああ。この世界にいる唯一の建築士。」


秋篠は会いたいと思った。


「その方はどちらに居ますか?」


「ああ。教えても良いが、かなり過激な奴だぜ。気をつけて行けよ。」


途端にゲップが聞こえた。

秋篠の隣、パティからだった。パティはカウンターに身を委ね、寝ている。頬がいつも以上に赤い。


「パティ、酔っ払っているのか?」


「んん〜、闇を繋ぐ者様あーん。」


秋篠は大きな溜息を吐いた。


秋篠は外でずっと待っていた番人と2人、街を歩くことにした。どうしても起きない酔っ払うパティは、マスターの計らいで酒場に置いておく事に。


堅く、冷たいこの街の外観は、何処か遺跡を歩くような、西洋の古い街並みを見ているような気分だった。そして真っ赤な月が、ここは異世界である事を秋篠に知らしめる。

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