第12話 約束

 水を浴び清潔な服を渡された赤毛は、まさに王という風格であった。

 大柄なギルモアの服ではキツかったため、黒いゆったりとしたローブに麻のブレーズボンとなった。

 その後、ギルモアは自分の私室に赤毛を通した。

 そこには教皇とマリアが待っていた。


「マリア!」

「ワンさん! ……よかった。臭くない」

「はは、俺がよく洗ってやったからな。ゴブリンの王よ、そこに座るがいい」

「ああ」


 大きなテーブルを挟み二人の王は会談する。

 そしてどちらの隣に座るか少し思案したマリアは赤毛の隣の椅子に腰を下ろした。

 教皇は一つ席を話してギルモアの横に腰を下ろす。


「人の王よ、俺はこの地を去る。マリアは新しい人の王になるのだろう。そばにゴブリンがいることは良くない」


 開口一番、赤毛はギルモアの最大の懸念を解消してきた。


「助かる。正直、どうその点を理解して貰おうと先ほどから頭を悩ましていたのだ」

「人は人、ゴブリンはゴブリン。心を手にしたことで、それを理解した。俺がマリアのそばにいたいと思うことと、マリアが幸せになることは一致しない。俺はここでは生きていけない。マリアは森では生きていけない」

「ワンさん……」


 城に戻り、清潔な服を着てより美しくったマリアを見て赤毛はすっかり理解していたのだ。


「それではマリアの父として問おう。ゴブリンの王よ。マリアの胎にいるのはそなたの子なのか?」

「俺は一度もマリアに種付けをしていない」

「ワンさん!」

「どうした? マリア、顔が赤い。怒っているのか?」

「だから、そういう直接的な表現は駄目なんです」

「そうか……わからないが、わかった」

「お父様、私は神判を受けたことからも解るとおり、正真正銘、清い身です。この子がどうしてここにいるのかは、私にも神の御業としか言えません」

「ふむ」


 ギルモアは顎をさわり、何かを思案する。


「いずれにせよ、処女懐胎として押し通すのは既定路線だ。ゴブリンが婿殿になるのは、多少親として複雑な気持ちもあるが、王を見る限り、理性的な人物なのだろう。このまま立ち去って貰おうと思う」

「そうですね。それがいいでしょう。私もなぜ神が試練――マリア様の表情を見る限り、試練ではなく喜びなのかもしれませんが――このようなことをマリア様に与えたのかは理解ができません。ですが、事実としてマリア様は処女のまま懐妊されました。それに否定し、なかったことは聖職者としてできませぬ」

「そういうことだ。ゴブリンの王よ。この地を立ち去るがいい。止めはせぬ。そして、できれば人間を襲うのを今後は止めて欲しい」


 ギルモアの気配が変わる。

 人の王として、ゴブリンの振る舞いを許容しているわけではないのであろう。


「マリアが駄目だと言った。ゴブリンおれたちはもう人は襲わない。静かに人と交わらずに森の奥で暮らそう」

「そうか。それは王の集落だけの話になるのか?」

「集落だけではない。全てのゴブリンおれたちが人を襲うことはない」

「約束できるか?」

「約束? それは何だ」


 赤毛は首を傾げる。


「約束という概念が無いのか。決めたことを変えないということだ」

「そうか。わかった。約束しよう。だから人の王よ、お前もマリアを護ってくれ。俺ができるのはマリアを無事に届けることだけだった。人の幸せは人でしか与えられないのだろう。だから俺は森からマリアのことを見守ることにする」

「勿論だ。娘はこのギルモアが護る」


 そう言ってギルモアは立ち上がり、赤毛に近づく。

 二人の視線が交錯し、同時に頷き合った。


「マリア……心が痛いから俺はいなくなる」

「ワンさん!」

「その子が産まれたら……いや、いい。人の子が産まれることを祈ろう。ゴブリンなら殺せ。それはマリアを襲う」

「そんな!」


 真っ青な顔になるマリア。


「わかった。それも約束する」


 マリアの肩にそっと手をおきギルモアは赤毛をしっかりと見つめた。

 その眼前で赤毛は姿を消した。


「え? ワンさん?」

「不思議な技を……もう気配が消えているぞ」

「本当にゴブリンなのでしょうか?」

「30年は成長を続けているらしい。もしかすると我々よりもはるかに神に近い存在なのかもな」


 これが別れ。

 赤毛の王とマリアの今生の別れ。

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