第11話 人の王とゴブリンの王

「子供?」


 赤毛は赤毛で首を傾げていた。

 赤毛にとって子供というのは、苗床の腹が勝手に膨らみ、勝手に出てくるものなのだ。

 だが、マリアと赤毛の子供ということを考えると、どこか落ち着かない気持ちになる。

 そしてどこか、ゴブリンが産まれなければいい。

 そう思っていた。


 だがどうやらマリアは女王になるらしい。

 赤毛の知識でも、ゴブリンである自分が側にいてはいけないのだろう。

 

「マリア」

「え?」

「何やつ! どこから入った」

「待って!」


 修道院長が出て行った部屋に突然現れた赤毛の大男。

 咄嗟に剣を抜くギルモアをマリアは押しとどめ、マリアは赤毛の胸に飛び込もうと――


「ワンさん!」

「マリア」

「臭い!」

「えっ」


 して、蹈鞴を踏んで赤毛から距離を取った。

 強烈な臭気にギルモアも教皇も顔を歪めている。


「ワンさん、臭い。あれから一度も水浴びをしていないでしょ」

「水浴びとは何だ?」

「ああ、こやつがそうなのか……ゴブリンには見えぬが……」


 二人の気安い会話にギルモアが剣を収める。


「そなたがゴブリンの王か?」

「王じゃないといつも言っているのだがな」

「ワンさんですよ」

「マリア……ワンというのは東方では王という意味なのだ」

「そうなのですの?」

「ゴブリン風情に娘を取られたかと思ったが、信じられぬが王の風格がある。教皇、どうだ?」

「匂いが酷いことを抜きにすれば、確かに王者のようですね」

「それでゴブリンの王よ、何しにここへ来た。マリアならやらんぞ」


 鼻を押さえながらギルモアはそう凄む。


「マリアをやる? いや、いらない」

「ワンさん!」

「マリアは人間だ。俺はゴブリン。一緒にはいられない。それは理解している。そばにいるだけと思ったが、マリアは人間の女王になるのだな」

「今決まったばかりのことを、なぜそなたが知っている!」

「ずっとそばにいたぞ」

「……警備を見直さねばならぬな」


 赤毛はそこで首を悲しそうに横に振った。

「多分、これからは俺がそばにいてはいけないのだろう」

「ワンさん、そんなことを言わないで。ずっとそばに……ああ、もう臭い! もう無理! とりあえずお風呂に入ってきて! 話はそれから!」

「マリア? 臭いのは駄目なのか?」

「ずっと一緒だったから気が付かなかったし、私も臭かったと思うからお互い様だけど、さすがにもう辛い」


 そう言ってマリアは父に懇願する。


「お父様! それに教皇様、お二人に頼むのは通常ではあり得ないことなのですが、どうかワンさんに服とお風呂の準備をお願いします」


 赤毛のことを秘密にしなければならないのは三人の共通した認識だった。

 ギルモアは首を何回か振ると、赤毛に浴室を案内する。


「湯なんて上等なものは、俺だけでは用意できないからな。水で我慢しろ」

「人間の王よ? 水を飲めばいいのか? それでマリアは臭いことを許してくれるのか?」


 自分の匂いでマリアが怒っているということを赤毛は理解はしていた。

 だが対処方法など知らない。


「飲むのではない、洗うのだ。そうすれば匂いも取れる」


 そういって、自ら衣服を脱ぎ捨てる。


「ゴブリンの王よ、そのボロを脱げ。全身をわし自ら洗ってやる」

「わかった」


 人の王とゴブリンの王がともに裸となり水を浴びる。

 もしかしたら、これをきかっけに人とゴブリンが融和する世界があったのかもしれない。 


「でかいな」

「人の王、なぜ股間をみつめる」

「本当に使っていないのだな」

「だから、人の王よ、その視線はやめてくれ。何か胸の奥がぞわっとするのだ」

「お主が息子となるとは……」

「人の王よ、せめて股間ではなく、こちらを見て言ってくれ」


 ――そんな世界があり得たのかもしれない。

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