第10話 理不尽

「ここだ、俺が気を引いてるから」

 ふたりが向かった場所は、半分、学力以外の困っている子のサポート部屋だった。あとは色々と遊び道具があるので昼休みは交流の場として機能していたらしい。


 問題はその半分の部屋。そこは更衣室以外使われず無人の部屋になっているらしい。


「誰かいませんか?」

 男の子がもう半分のドアを叩くと小さい子供が出てきた。


「はーい、お兄さんも遊ぶの?」

「違うよ。でも用があるんだ。おい」

「そこから?」


「仕切ってるのははただのカーテンだからな。」

 男の子は先に入りそれについて行く。


「待ってそっちは怖いお姉さん達が来るなって」

「大丈夫だから」

 奈美は止める少年の頭を撫で一目散にカーテンを思いっきり開ける。見たのは悲惨な景色だった。


「ゆっ……」

「奈美、なんで」

 そこで見たのは、8人くらいに踏まれながらびしょ濡れでボロボロになったユウだった。



紅佐飛くさびあなたなにしに来たの。邪魔しに?」

「うるせぇ黙れクソ女。 女王様だと思い込むのもいい加減にしろ未空みく

 紅佐飛と未空は言い争っている間に奈美は動いた。


「大丈夫!? ユウ、ごめんね。もっとはやく」

「…大丈夫だよ」

 奈美は水に濡れ冷たくなったゆうを抱きしめた。



「何?急に??」

「邪魔しないでよ」

 ユウを守るため。周りから伸ばされた腕を、足をも払いのける。


「……いたっ!」

 その反動で未空は1人の女の子に巻き込まれ机に頭をぶつけていた。


「誰なんだよお前!」

「未空に何するのよ!」


「いくぞ!」

「えぇ!」

 奈美はゆうを支えながら、抜け出す事に成功した。もう一方の部屋にいた少年の姿はもういなかったらしいが。

 その後、二人はユウを保険室に連れていった。


「ありがとう2人とも」

「ううん。こちらこそごめんね」

 奈美と紅佐飛はユウが手当てされる様子を見守った。


『きっと1人じゃ駄目だったけど、彼がいたから何とかなったのよ。』



 ――昼休み

「ことが大きくなって先生達が動いたし、ユウの傷は証拠になる。親の関係で放課後まではいるらしいし、また会い行こう」


「うん。でも、なんで助けてくれたの?」

「普通に許せないだろ?でも、このままだったら何も出来なままのダサい奴だったよ。」


 彼はあきれながらも嬉しそうに笑っていた。

「本当に助かったわ」


「最近ユウがテストが良くてイラついていたけど、あそこまでするとはな」

 濡れていたのは、前の時間はプールだったらしくシャワーを無理やり浴びせたからしい。


 先生にはユウが間違えて制服ごと入ったと言ったとか。

(普通は分かると思うけどな)


 確かにバケツはあの時なかったし、服は少し乾いていたようだ。


「ユウは頭いいから」

 奈美は遊びに来たユウを思い出し、あふれた涙を食いしばった。


「大人なんか信用ならねぇよ。俺が何回先生に言っても、ユウが何かしたんじゃないか?あの子たち仲いいじゃん?てね」

「ありえないわ」

「仲良くしてるふりをして行動を縛っていた」

 彼によると昼休みだけは抜け出していたらしい。



「昼の時は逃げ出せていたし、あの時に色々出来たとおもうんだけど」

「ぇ??」

 もしかして、あの時。本当は助けを求めていたのかも。そう思うと奈美の視界が緩み始める。

(ねぇ奈美、遊ぼう?)



 ユウの笑顔が脳裏に浮かんだ。

 彼女はわからないように演じていた。



 もっとはやく。

 紅佐飛は悟ったようにただ背中をさすっていた。



 ――放課後――

「ユウ、大丈夫?大丈夫?」

「うん。本当にありがとう。助かったよあなたも」

 弱そうな声だったが、ユウは少し元気が戻ったようにベッドに座りながら笑っていた。



「おぅ。今度は正直に言ってやれよ?俺も力貸すから」

 紅佐飛は少し照れくさそうに言い、しばらくの間は会話を楽しんでいた。



「うん。じゃあ車だからまたね」

 ユウは母と共に帰っていった。母は、泣きながら奈美たちにお礼をいって頭を下げた。


「うん!バイバイ」

 奈美と紅佐飛は元気に手を振り見届けていた。


「じゃあ帰るか」

「えぇ」

 二人は笑いながら夕日を背にして歩いていく。



 はずだった。

『問題は……』



「まだいてよかったわ。あなた達、今から校長室に来なさい」

「え?」

 先生に呼び止められ、奈美達は何が何だか分からないまま校長室に連れていかれた。


「よく来たね君たち」

「何でしょうか」


「分からないのかい?」

 校長は声を暗くして顔を捻った


「いじめの件、君たちが主犯でしょう?」

「はあ!?」

「何を言っているんですか?」

「ユウに聞けば分かるはずです!」


「違うわ。ユウはそう言わされているのよ」

 そこに現れたのは未空と未空の父だった。父は何処かで見たことがある気があると奈美は思った。


「紅佐飛は私達に脅していじめをさせたのよ」


「噓をつかないで!」

「なら、証拠あるの?あなたも騙されてるのよ」

「ふざけんな!」

 奈美達が言い合いをしていると、男の人はため息をつく。


「先生、もういいですよ。娘への謝罪と事実をしっかりとクラスに伝えて頂ければ」


「私は未空さんとユウさんが仲良くしたのを見ています」

 後ろでユウの担任の先生がいった。


「違う!」

 紅佐飛は声を荒げた。


「君は私の子にまで怪我をさせて」

「違います、それは私です!」


 奈美は必死に庇うが、

「なら、君も許すわけにはいかないな」

 男はキリッと睨んだ。


「お父様、彼女は助けようとしたから仕方ないわ。謝罪だけあればそれで充分よ」

「そうか。いい子だな未空は」


 未空の演技はあきらさまだった。胸糞悪いとはこの事だと奈美は言葉を失っていた。



「さ、謝るんだ」

 校長は厳しい顔をして言い紅佐飛も絶望の顔を隠し通せなかった。やった事無いのに謝れ?ゆうをあんな事して?奈美は怒りで震えた。


「ご…」

「ふざないで、みとめないわ!怪我は謝る。でも後は全部でたらめよ!いくわよ紅佐飛」


 紅佐飛の腕を掴んだ。


 しかし、彼は振りほどく。

「いや、もういいんだよ! ごめんなさい」

「…!」



 彼は「もう、謝れ」と目で奈美に言った。その気迫に負け奈美も頭を下げる。

「ごめ…なさい」


 先生達、皆。誰もが敵に見えただろう。誰も奈美達に味方なんてしない。大人は理不尽。紅佐飛の言う通りだな。


 奈美達は沢山の先生に説教された。紅佐飛の腕は震えながらも血管が浮き出る程に握りしめていた。


 何を思っているのか。奈美は疑問を浮かべていた。


「――なんであんな事!」

 奈美は外に出た瞬間に声をあげた。


「あいつの父はPTAの会長だ。校長は贔屓(ひいき)してるし、謝らなかったら先生達に何されるか」


「でも、あなたの立場はどうなるの!?」

「俺は大丈夫だから。ユウもクラスにいる限りは守るよ。」

 彼の声は力を失っていた。


「きっとユウなら何とかしてくれるはず」

 そう励まそうと言ってみても、紅佐飛の目はもう諦めていた。



 ――次の日


「違います!紅佐飛くんは悪くありません!」

「もういいのよ。先生は味方だから」

「ちがうって言ってるじゃないですか!」



「ユウさん大丈夫?紅佐飛くんにいじめられたんでしょ?」

「違う!」


「違う、ちがう、違う!なんで皆分かってくれないの?」

『ユウは頑張ってたのに』

 後で誰かから、風の噂のようにその話を聞いたようだ。奈美は涙ぐみながら説明を続ける。


「紅佐飛はいる?」

 そのとき、紅佐飛は隅で本を読んでいた。昨日と比べて覇気がない様子だと遠くからでも分かった。



「えーー。ユウにいじめをしてた最低な子に関わるの?」

 未空達がクラスに響くような大声で奈美に言った。


「よくいうわ!」

「これ以上関わったらまたいじめるわよ?今度はあなた名義で」

 奈美の耳元で小さく囁いた。



『だから言ったのよ。』

「もう、ここには来ない。その代わり紅佐飛もユウにも手を出さないで!」

 奈美は声を荒らげ自分のクラスに戻った。後ろからは笑い声が聞こえたらしく、よっぽど悔しかっただろう。



 ――放課後


「奈美もう辛いよ。間違ってるよこんなの」

 ゆうは帰り道に悲しそうに泣いていた。


「ユウ」

「もう死にたい」

「絶対嫌! ユウがいないと私」

 ユウの暗い言葉に奈美は大声で泣きじゃくる。



「大丈夫、死なないよ。いつかいい日が来るよね。ここから自由になれるよね」

「絶対に学校を変えてみせるから。紅佐飛の為にも」


「またね奈美」

「うん。また明日」

 でも「また」はもう来ない。

 次の日からユウは不登校に、その3日後には紅佐飛も来なくなった。ユウの不登校はお前のせいだと先生や周りから責めだてられたようだ。


 奈美は光が無いと分かっていても頑張った。それでも、事実を伝えようと何をしても、誰も信用しなかった。

『うっ…っ…』 


 この事件が終わり5年になっても奈美は2人の為に毎日行って宿題を届けて話しているようだ。全ては学校を変えるために。


 それでも何も変わらなかった。今は、未空とは同じクラスになり新しい取り巻きを連れていた。奈美は従うことなく抗い続けてこの争い。いや、イジメがまた起き始めた。


「以上よ」

 奈美は必死に涙をこらえきれず泣きながら言った。

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