第8話 彼女の願い

 髪が肩くらいある少女は僕を睨んで叫んだ。

「早く死なせてよ! もう嫌なのっ」


 僕の手を振り払い、また道路へ飛び出していく。彼女の瞳からは相当な意思の硬さを感じた。


 それでも見過ごす訳には

「待てっ。話を!」


 普通に考えてみれば、知らない奴の話なんか聞いてくれるはずが無い。しかし、このまま中途半端にしてたまるものか。

 僕は少女の手を必死に掴み、身体を捻りながら後ろに投げ飛ばす。


 ――ガッ

(あっしま)

「痛っ!」

 少女は壁に頭をぶつけて唸っていた。後で謝らないとな。僕は酷く後悔しながら、反動で倒れていた。



「あっ!!」

「ん?」

 少女は頭をさすりながら僕の方を見て叫んだ。何か忘れているような。


 そういえば、少女の方ばかりを気にしていたが、僕の体は道路に飛び出し今の僕にはコンクリートの感覚がある。



「!!」

 立ち上がろうとした時には、既に車が目の前まで来ている。

(あっ終わった)



 少女は表情を雲らせながらも手を伸ばす。

(これで死ねば、暫くの間はトラウマになって彼女が死ぬ事はないだろう。)


 僕はもう死んだ身だし何度死のうと構わない。

 でも、これではなんの解決も、ウィストリアの願いも何も叶わないままだ。



 シャー

「きゃあああ!」


 少女が口に手を当てて悲鳴をあげた。膝を落とし泣き崩れている。見ず知らずで、しかも邪魔をしてきた僕にそんなに泣いてくれるのか。


 少女にトラウマを与えてしまった。彼女の目の瞳孔が開いて身体が震えている。



 ん?

 ……ちょっと待て


 何で少女の様子がわかるんだ?普通、死んでいたら見えないよな?



「え」

 視線を戻すと、少女はポカンと口を開け呆然としていた。


 また、車が来たが僕は死ななかった。

 敷かれたというより


 すり抜けている?!


「おーい彩夢ー。ドライバーの記憶いじるの大変なんだ。道路から離れてくれー」

 さっきの場所で有彩が叫んでいた。ちゃんと零と読んで欲しいものだが。今はここを離れるのが先か。僕は腹筋に力をいれ起き上がった。



 そして、再び少女の前に立つと隣には有彩が立っていた。有彩はよくやったな。と僕を見て感心している。


「間に合ってよかったよ。」

「正直、死ぬかと思いました。」

 多分魔法か何かしてくれていたんだろう。



「っ……」

 彼女は、小学生くらいの容姿で、顔を赤くしながら僕を睨み付けている。


「なんなのよ! 貴方達!」

 少女は泣きやみつつも怒っているし、色々と頭がトラブっているようだ。

(そりゃそうか)


 座り込んでいるし今は飛び出すことはないだろう。

 この機会を生かす為にも、僕は説得しようと試みる事にした。



「君の邪魔をして悪かった。少しでいいから僕達の話を聞いて欲しい」


「嫌よ」

「頼む。少しだけでいい。5分」

「嫌!」


「じゃあ、3分」

「嫌よ!」

 うん。困ったな。



 そんな言い合いをしていると、隣で有彩が口を開いた。

「何故………君は死にしたがるんだ?」



「あなたには関係ないでしょ!」

 まで、直球なのはあまり良くないんじゃないか?



「じゃあ私達が今すぐに君の悩み、即ち君の願いを叶えるとしたら?」

「そ、そんな事、出来る訳無いでしょ!?」


 彼女はそんな僕を知らず、とんでもないことを口にした。しかし、彼女の目付きが変わり有彩と僕を再び睨みつけた。



「そうか?なら、彩夢願いを言え」

「えっ僕ですか!?」

 ぼっーと聞いていると急に話を振ってきた。有彩に何か考えがあるのだろうか。

 ま、今は賭けるしかないか。



「そーですね、多分まだ出回ってないと思うんですけどずっと欲しかった物があるんです。」

「何だ?」


「…」


 少女はマジマジとこちらをみている。少し簡単なのにするかも迷ったが。信用を得るためにも無理難題のにしてみるか。それに本当に欲しかった奴だし。


「アディオスの新しいアップシューズの厚底! かつ短距離用で27.0cm、あっ色は青がいいです! 布は厚めのやつ!」


 僕は欲望のままに語り目を輝かせた。




「……」

 途端に僕は後悔した。絶対に無理だ。


 でるとしても5年後くらいだぞ?そんなの出来るはずが。

「よし、分かった」


 有彩は指を鳴らすと僕の靴が光り変わる。シルエットが変わり4本線が見えた。



「これは!」

 この模様、靴底、フィットするサイズ、そして、この赤がかかった青デザイン!!



「やったあああああああああああああああ!!!」

 僕は両腕を上に突き上げた。つい感情を出してすぎてしまったが、そのくらい僕がずっと望んでた物だった。



 少女はびっくりしてその様子を見ていた。必死にスマホで調べては首を振る。



「そんなにほしかったのか?」

「はい。……つい」

 僕とした事が喜びすぎてしまった。普段はこんなに感情を出さないのに、こんなに声を出したのは久しぶりだな。



「あっ。ちなみに1回だけだ」

「え?嘘ですよね?」

「いや本当だ。」

「へ!!??」

 僕はその言葉を聞いた途端なだれ落ちた。早くいってくれ。


 昔からそのシチュエーションになったら想像した事が現実になる! と決めていた。そうすれば、願いを増やす事も魔法が使えるように自分で叶える事も可能だ。


それが最適解だと昔に考えて決めていたのに。まあ、このシューズに満足した。もうどうでも良いか。


 少女はスマホを何度も見て言った。

「なんで?そんなデザインない、ない!どういうこと?!」


「分かってくれたか?」

「嘘」

 少女は何度も見たがあるはずが無いだろう。なぜなら、僕は1ヶ月に1回はショップとネットを確認しているからな。どやあ


 暫くすると、本当なの?と彼女は諦めたようにスマホを見つめ呟いた。

「じゃあ! 本当に叶うなら私の願いも……」

「あぁ聞こう。」

 これで何とかなりそうだが、僕のせいか周りがざわざわと騒がしい。妙に目立ってしまったな。



「あのー先に場所を移しませんか?」

「そうだな。そうしよう」


「じゃあいい場所があるわ!」

 彼女は、無邪気そうに走って案内してくれた。目には多少の光が戻っている。



(なんとかなりそうですね)

(そうだな)

 僕と有彩は目を合わせて笑った。


 後は僕の実力次第か。ウィストリアさんが頑張ってくれたんだし、無駄にするわけにはいかない。



 彼女が案内してくれたのは人通りが少ない公園だった。日が当たらずに暗く子供達が遊ぶ姿は無い。

 ま今の世の中、子どもが遊べる場所が老人に取られているらしいし、こんな場所しかないのかもな。


 少女は、ベンチに有彩を座らせると顔を近づけながら

「私の願い聞いて!」



「あぁ。もちろんだ。」

 少女は有紗に釘付けのようだ。僕のことは空気みたいな扱いだな。これ僕いるか?要らなくない?


 そんなことを考えながら、僕は砂場で山を作っていた。



 有彩にあのね、あのねと言うと、急に彼女は元気を無くしながら

「今から、ここに私のクラスの子が来るの。来いって言われたの…またいじめられる……」


「来なければ良いんじゃないか?」

「学校でやられるより、こっちの方がまだマシだから」


 なら、仕方ないのか。



「だから助けて! 私は幸せになりたい!」

 初っ端いじめ案件か。いきなり大問題だな。


「話してくれてありがとう。分かった。君を幸せにしよう!」

「本当!?」

 有彩は微笑みながら笑顔の少女を撫でた。


 自信満々のようだが、どうするのだろうか?僕は有彩をとりあえず観察してみる事にした。




 すると、有彩は入口付近にいき丸を描いた。地面に2回ノックし葉っぱをちぎってそこに置く。


「何をしているんですか?」

「落とし穴だ。もちろん、二度と出てこられないように鼠返しを設置しているぞ」


 少女は目を輝かせた。

 いや大丈夫じゃないぞ。これ。


「ちょっと! 流石にダメです!」

 僕は咄嗟に怒った。


「何故だ」

「なんで?」


 うーん、ここは綺麗事よりひねくれた考えを出すか?まぁ、得意といえば得意だが。



「ここでそいつらが死んだら君が悪くなるぞ」

「そうなの?」


「例え、生きるためだとしても先に手を出したらルール的に負ける。そして、君が悪くなるんだよ。」

「ルール?」


 少女とウィストリアは顔を見合わせている。



「この社会のルールだ。過程より結果。やられたら逃げて助けを呼ぶか証拠を取るのが賢いやり方だ。やり返すのも認められてるけど過剰は駄目だし、闇雲にやり返したことが原因で後悔する事がある。場面を見るのが大事だ。」

 うん。何か余計な事も教えた気がする。彼女がなるほどと呟いていると有彩は困ったようにして言った。



「ならどうするんだ?やられた後に軽くやり返すか。人間相手に私がやるならば闇雲ではないだろ?」

 有彩の軽くってどのくらいだろうか?なんかとてつもなく取り返しがつかなくなる気がする。



「いえ、それは最終手段にしましょう。魔法で解決は良くないので」

「何故だ? 力を見せることで守る事が出来るだろ?」


「ここでは力ではなく言葉の解決が主軸なんです。話し合いで成り立っている現実社会にとって力や暴言による解決は知能が無く野蛮な行為とされています。という事で僕に1つ考えがあります」

 僕は2人に作戦を話した。大体の作成は2人で話している間に考えている。


「そんな事出来るの!?」

 少女は不安そうに僕に聞いてきた。


「もちろん、してみせる」

「あなた達は何なの?すり抜けたり、願いを叶えたり普通の人間ではないわよね」

 彼女は怪しそうな目付きで僕達を見てきた。まぁ、無理も無いがな。



「僕達は君が死ななくてもいいように、天空からやって来たんだ」

 ここまで来たからには隠す必要も無いし、これまでの事をごまかすのは難しいだろう。


「天空?それって」

「私達天空に住む者の思いは1つ。人間が幸せな人生を暮らす事だ。自ら死ぬ事も無く最後までな」

 ウィストリアが補足をし、僕も後に続く。


「だから君の助けになりたい。」

「私の為に?」

「あぁ」

「もちろん」

 僕達は迷いなく頷いた。今の言葉に偽りは無い。



 すると、少女は涙ぐみながら

「ありがとう!あっ名前、私は奈美(なみ)ね!」


 そう言うと、ご丁寧に頭を下げてくれた。そういえば挨拶をしていなかったな。


「僕は零」

「私は有彩だ」


「うん! よろしくね!!」

 彼女は曇りひとつ無い顔で笑っていた。





 ――それから僕の作戦通りに準備が始まり、もうすぐ例の人らが来る時間だ。

 ガサガサッ、公園に向かう足音が複数聞こえる。




 それを待ち受ける奈美の隣には1人の少女の影があった。

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