第3話 ウィストリア

(……ここは)

 僕は、またしても分からない場所にいた。

 目を開けた時には、町外れの木の茂みの傍で倒れていた。そんな事しか分からない



「何があったっけ…」

 城を降りた事は断片的な記憶しか残っていない。天使を見つけ、争いに巻き込まれて。助けて貰ったっけ?


 とりあえず、今は自分がどうなっているのかくらいは確認しないと。骨が折れていたりしてなければいいんだが。



 僕は、身体を起き上がらせて歩いてみた。酷い痛みもないし軽い擦り傷程度だろう。僕は、少し身体に刺激を入れながらそう確信した。



(それにしても……あの蒼髪の人、もしかして)


 少し歩いてみると、すぐに違和感がある事に気がつく。

「――っ??」



 ある場所を空けるように木々は傾き衝撃波のような跡があった。そこだけがピンポイントで摩擦で焼かれたように。そして、緑は元気を失ったかのようにグッタリとしている。



(もしかしてあの時)

 僕を助けて、城を降りて……ここまで運んでくれたんじゃないか? この景色から推測するに、その後、スピードが止まらずに木々に突っ込んだ。


 それが一番考えられるんじゃないんだろうか? この跡も明らかに不自然だし。あくまで仮説だけど、僕のせいなら一刻も探さないと。怪我をしているかもしれないしほっとく訳にはいかない。



 速く見つけないと。

 跡を見る限り、大体500mくらい先まではありそうだ。



「よしっ」

 僕はしゃがみ片足を後に出して、クラウチングスタートの姿勢をとる。これが1番速い!というよりは何となく気合いが入る。ただそれだけだ。



 足を蹴りだし姿勢を低いところから、だんだん起き上がる事でスピードは加速していく。僕は軽く息を吸うと前足に全体重をのせた。初期段階は素早く腕を振り、足の腿上げでピッチをあげる。それがこのフォームの基本だ。



(っよし!)

 我ながら完璧だった。まるで風になったかのような勢いで駆け抜ける。



 本来ならペース配分があるが息が上がることは無かった。そして、何よりも足が凄いスピードで刻んでいく。


 僕は見た事が無いスピードの感覚に内心びっくりしていた。まるで自分じゃないみたいで、景色の写りようが全くの別世界のようだ。



 ん、何か黒いものが一瞬写ったような



「止まっ」

 僕は急いでブレーキをかけよう踏ん張った。



「ッッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 が止まる事なく草むらに飛び込んでいた。周りからバキバキと音がし、枝が身体にくい込んでいて痛い。調子に乗りすぎたな。


 まぁ、草むらでよかった、もし真正面でぶつかっていたら死んでいただろう。そう考えたらまだ助かった方だ。



「…っ……はぁっ…はぁ………」

 走った後に多少の疲労感を感じるが、やはりこの世界には不思議な力があるようだ。僕は立ち上がり首を横にふった。




 頭に付いた葉っぱや木の枝を振り払いながら、さっきの黒い影の元へ向かう。

「――っ」


(やっぱり、最初に会ったあの人だ。)

 そこに倒れていたのは、最初にあった青髪の天使だった。急いで駆けつけ肩を揺すったが返事も無く、翼は折れて血が流れている。


「女神……あっ、天使様? 大丈夫ですか!?」

「……」


「起きてくださーい!」

「…」


 うーん、返事がないというよりは、意識が消えかけているのかもしれない。僕は、脈の鼓動が薄れていると首元を抑えながら危機感を覚えた。

(速くなんとかしないと)



 大体、こういう時は聖水とか回復をする何かがあるはずだ。僕はシャツを噛みちぎり、羽を圧迫しながら周りをキョロキョロと見渡す。


 何かあるかもとは思ったが、この世界を全くしらない僕には正解が分からなかった。あの人達が追っているかもしれないし、町に行って探すわけにも行かない。



「……」

 でも、この人は僕の恩人だ。できる限りはやってみるしかない。僕のせいで死ぬなんてあってたまるか。



 観察するべく、僕は天使の様子を見守っていた。血は止まったがボロボロになっているのは変わらない、体温は人間を基準にするなら少し高いくらいだろうか。


「…………っ」

 呼吸はしているし、あと数分は持つ。




 それにしてもこの人。眼鏡は無くなっているが美人でかっこいい人だ。スタイルも抜群と言える。



(いや、何を考えているんだ僕は)

 今はのんきな事を考えている場合じゃない。僕は、頭を叩き余計な考えを振り落とす。一刻も早く治さなければ。脈が弱っている事は確かだし、あの人達が跡をみて追ってくるかもしれない。



 彼女の腰には、色が異なる魔法書を何冊か携帯していた。

 あの時、これで風を起こしたんだろう。それにしても、どうやって腰に取り付けているんだろうか。


 ただ興味が出たというより、何かが気になった。



 うーん……。僕は、少しだけ腰の当たりを探り仕組みを見てみる。

「ぁ」



 ベルト式なのか。考えてみれば大体そんな感じかもしれない。勝手にくっつく方がおかしいし。


 僕がベルトを見てみると、一緒に小さな小瓶がついていた。青く光っている水に、瓶には文字がかかれてる。この文字は、最初の落書きや書と同じだった。


 「あれ」

 城の時は読めたはずだが読めなくなっている。流石に訳の分からないものを勝手に飲ます訳にはいかない。



 僕は周りをクルクル回りながら考えた。他の方法、木の実でも探すか?でも、変なものならそれこそ危険だ。



 カチ


「ん?」

  何かが足先で音がする。

(これは眼鏡?あの人の?)



 僕は土を払い天使のところに持っていこうとすると、


 ――!!

「っ、なんだよ?」

 眼鏡が暴れだし僕の顔にくっついてきた。

 カチャカチャ! 僕の顔に必死に張り付いて……何か伝えようとしているように。



「かけろってことか?」

 眼鏡は答えるかのようにカタカタと動いている。少し怖いがやるしかない。僕は眼鏡を恐る恐るかけてみた。



 レンズに何か写っている。これは、赤い矢印か? ゲームの目的地みたいな感じだろうか。

 僕は、その矢印についていくと天使の所に戻っていた。



 次に、赤い矢印は瓶を指す。

「さっき、見たんだけど…」



 そう言うと、カチャ!とまた暴れだし自然に瓶に目がいった。

「あれ読める」

 さっき読めなかったはずの文字が読めるようになっている。


 えーと『緊急時用の回復薬』

 これだ!


 僕は天使の顔を少し上に起こして、瓶の水を少しづつ口に流し込んだ。



 そして、しばらく待っていると

「ん……?」



 まぶたがゆっくりと開く。エメラルドのような綺麗な瞳が開くのを息を飲みながら見守っていた。



「良かった」

 僕は胸を撫で下ろし、反応するように眼鏡も上下に動いている。喜んでいるのだろうか?しかし暴れられると耳が痛いな。



「…………っと」

「立てますか?」

 天使はフラっと立ち上がった。


「大丈夫。それにしても迷惑をかけてしまったようだな、すまない。まずは挨拶だな。それが人間に対する礼儀だ。私はポーペ・スライド・サムッサ・ウィストリアだ」

「えっーと」



 僕は、戸惑っていると何かに気づいたのか

「あぁ、ウィストリアで構わないから」

「はい。ウィストリア様! 僕は」


「君の事は知っているよ、えっーとこの本に」

 ウィストリアは時空を歪めたような空間に手を入れる。


「…!」

 僕は目を見開きながら、その様子を見ていた。改めて見たが本当に魔法だ。



「あれ、眼鏡眼鏡」

「僕がかけています。えーと、急にくっついてきたんです。」

 勝手にかけた訳じゃない。僕は誤解を解こうと早口ながらに喋る。



「なるほど、じゃあ眼鏡が君を導いたんだな。」

「お返しします。」

 ウィストリアは嫌な顔をせず笑いながら受け取った。


(眼鏡が導く?)

 少し引っかかったが、そういうもんなんだろうと割り切った。


「ありがとう。私がいるから君は眼鏡をかける必要もない」

「……?」

 彼女は何かの書を開いていた。魔法書とは少し雰囲気が違うような。



「これなんの本ですか?」

「えーと、そうだなぁ……まぁこれも魔法書だ。魔法書。」



「さっきより少し雰囲気が」

「変わらん。気にするな。」

 ここの人は皆適当なのか?と思いながら、表紙を見てみるとスラスラと文字がみえた。


「あれ、文字がみえる」

 読めないだろうと思っていた魔法書の題名が読めるようになっている。


『事務専用』

 さっきの本は見えなかったのに。

「そうだろうね。ちょっと待ってくれ」



 彼女はペラペラと手を使わずにページをめくった。

「あった」

「…?」


「君の名前は信田 彩夢。高校3年生で陸上というものをしているんだな。下に弟が1人いる。家族の問題はなし。電柱…?にぶつかり意識を失う、えっ…、…。」

 ウィストリアは書を睨みながらに喋っている。



「なんだこれは。えーと原因は人生による疲れ、ほそく?……。」

「どうしました?」


「何でもない。これで以上だ。」



 まぁ、たまに聞き取れないが当たっているな。

「当たっています。」


 まさか見知らぬ人がここまで僕を知っているとは。

「ははっそうだろ?」


 彼女は無邪気そうに笑い、本を閉じて口を開く。

「私の役割はここ、天空の管理を務める事務局長だ」

「事務局? そんなのあるんですか?」


 そんな話聞いた事がないぞ。

「もちろん、あるに決まっているだろう?」

「初耳です」


 そういうと、ウィストリアはうーん。と考えながら

「例えば、同じタイミングに違う場所で死んだとする。その時、ここに来た時に知らない人が隣に居たら?」

「それは……びっくりします」


「もし、女神が来ても言葉も名前も分からなかったら?」

「困りますし、悲しいですね」



「もし、片方が弱いけど美人な女神、片方はダメダメでそこまで美人では無いが最強だったら?」

「まぁ、好みによりますが取り合うかもしれません。」

 場を想像しただけでカオスだな。絶対にそんな場面は嫌だ。

 そして、ウィストリアはそうだろう?そうだろう?という顔をして頷いた。


「だから私が管理して場所を指定しているんだ。あと、言葉が聞き取れたり文字が読めるようにして、女神には人間の情報を与えている。」

「なるほど」

 つまり、この人がいたら文字も言葉もなんとかなるという事か。



「簡単に言うと人間と神の情報を繋ぐ役と言ったらいいかな? 1人につき1女神、出来るだけ個性が合う女神を選ぶ。それが私の役目だ。」

「確かに必要ですね。」

 僕は納得というより感動した。ちゃんとしているんだな。



「だろ?」

「あっ、でも……1ついいですか?」


「あぁ構わない。」

「最初に会った時も倒れてませんでしたか?あの時、倒れていたのに僕は普通に文字が読めたので」

 多少の矛盾だが気になってしまう。



「あの時はだなー争いが酷くなったから止めようとしたんだ。だが、流石に酷すぎる光景で頭が痛くて痛くて仕方なくて。倒れてはしまったが精神的なやつだから眠っていた状態だ。」

「あ、なるほど」


「君の声で目が覚めたんだが。急な人間で驚いてしまってまた気絶した。……しかし! このままでは君が大変な目に会う気がしたから、吐きそうになっていたがなんとか君を助けた訳だ。」



「なるほど。それにしても、本当にあの時は助かりました。ありがとうございます」

「いやいや、そこまでの事はしていないよ。」

 ウィストリアは照れくさそうに笑っていた。


 それにしても、起こしていて良かった。もし、眠ったままだったら僕は死んでいただろう。確かにウィストリアが意識がある時は文字が読めたし声も聞こえた。


 倒れてから見えなくなった事にも合点がいく。



「構わないよ。しかし、ここまで来る人間は初めてだ。大体、女神が来ないまま餓死するんだが。」

「え……?」

 何か、急に怖い事を言い始めたな。


「あーそうそう、君の荷物も預かっているんだろう。今のうちに渡しておこう。」

 上に時空が開き、ウィストリアは指で何かを書くとそこからリュックが落ちてきた。これは僕がチャリに入れていた弁当や教材、リュックに付けているキーホルダー。これは間違いなく僕のだった。


「わっ! ありがとうございます」

 僕は現実世界が懐かしく感じた。


「ご飯も食べてくれ、死なれては困るからな」

 それを聞いた瞬間、弁当を取り出しご飯にがっつく。正直、お腹が空きすぎて死にそうだった。


 これが最後の弁当か。母さんは相変わらず手抜きだがやっぱり美味しいな。

「もう私は事務をする必要はないんだがな」


 そんな声が聞こえた気がした。


 グー…

「あっ、すまない」

 ウィストリアは顔を赤くしている。恐らく、お腹が空いているようだ。


「ウィストリア様、ご飯食べますか?」

「だがもう無いだろ?」



「いえ、軽い物……おにぎりならありますよ」

 僕は彼女に小さな弁当箱を手渡した。朝練、放課後練用のおにぎりが軽食として中にはいっている。部活に大事な補助食だったがもう必要ない。



「ありがとう………っん、なんだこれは! 何も入ってないのに美味いっ!」

 塩おにぎりをとても気に入ってくれたようだ。腹持ちもいいしミネラルは熱中症にもいいし、いつも塩おにぎりは欠かせなかった。



 ウィストリアも僕のようにがっついて頬張っている。

「ん、この黄色くて小さいものは…?」

「ご飯と一緒に食べてみてください」


 僕がそういうと、ウィストリアはたくわんを口に入れた。


「美味いっ! このコリコリした食感、おにぎりにすごく合う! それに全然違う味になったではないか!」

 たくわんをここまで喜んでくれるとは。さっきから、堅苦しい人かと思っていたが全然そうでは無いようだ。


 やはり雰囲気で判断するのは僕の悪い癖だな。



「ありがとう、この「おにぎり」とても美味しかったよ」

 彼女は満足そうにしていた。この世界には、おにぎりの文化は無いんだな。


「これはお礼だ」

 ウィストリアは指を鳴らすと、弁当は僕の分まで綺麗になった。


「ありがとうございます。」

「あっあと、森の修復もしないと」

 もう一度、指を鳴らすと木々は元に戻り、再生を始めていく。緑は蘇り、周りの木々より元気そうだ。


「一瞬で凄いですね!」


「……?」

 僕は興奮しながらもその様子を見ていると、ウィストリアは僕をジマジマと見つめてきた。



「何ですか?」

「いやっ、君は礼儀がいいと思って」

 ウィストリアは軽く笑っている。



「そうですか?」

「あぁ、ここに来る人間は大体呼びつけだし、命令してくる輩もいる。君みたいな子が沢山いたらこの事態も少しマシになったんだが」



「僕は、ただ他より礼儀が厳しい環境にあっただけです。」

 僕の陸上部ではそういう所だけは格別に厳しかった。

 競技力は人間力に通ずる。だとか挨拶、判断に、的確な行動がモットーだったなあ。


「そうだったのか」

「でも、後悔はしていないです。役に立つ事の方が多いですし。」


「確かにそうだな。彩夢にとっていい武器だ」

 こんな事初めて言われたな。久しぶりに誰かに褒められるのは嬉しい。



「そういえば………この事態は何なんですか?」

「あぁーそれはだな」

 ウィストリアが口を開こうとした時だった。



「おい、ウィストリア!よくもしてくれたわね」

「事務の癖に水を刺すなんていい度胸だわ」

「我々に喧嘩を売っているのか!」

「人間は何処にいるの?バラバラにしてあげる。」

「そこに居るのは分かっているのよ?」

 ガサガサと音が聞こえてくる、さっきの人達だろうか? そして何か物騒な事を言っている。僕は震えながらウィストリアの背中に隠れた。



「彩夢生きたいか?」

「ぇ?」

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