第2話 天空へ
「――っ。」
ズキズキとした痛みが頭に走りながら立ち上がった。
僕は、死にきれず失敗したのだと悟った。ここまで意識がはっきりいるはずがないし、そこら辺で転がっているんだろう。
多分、受け身でもとって打ち所がよかったのだろうと微妙な気持ちと悔やみが混ざりながらにも目を開けた。
「???」
視界には雲1面の世界が広がっている。僕の頭は思考を止めたのかしばらく声が出なかった。
この世界は?ここは? 僕は見た事も聞いた事もない景色に戸惑うしかなかった。
でも…
(雲、雲だよな。)
足元は白いもやを踏むような感覚が起きている。
(雲の上? ここは現実の世界じゃない。)
つまりこの景色は、もしかしてここは。
「………天空?」
この世界を見る限り間違いないと僕はそう確信した。こんな世界、現実にあるはずがない。それに音も匂い何1つない。
「 成功だ。」
僕は、はしゃぎたい気持ちを抑えながら拳を突き上げた。色んな複雑な思いを、喜びとして捉えさせる。
後悔はもう無いのか。そう言われれば曖昧な答えしかでない。でも、あの世界から解放されたことが何より嬉しかった。
これから女神にあって僕はやり直す。違う世界で、違う価値観の中で
(このまま待っていれば、きっと女神様が来てくれるはずだ。)
僕として、信田 彩夢として。
――自由に
とりあえず、先の未来を夢見ながら暫く座り込んで待つことにした。森とかでも変に動かない方がいいと言うし。
しかし、限度というものがある。
僕はずーっとまっていた。
身体の水分が減ってきたと気づくほどに。足が変にしびれるくらいには。
「あれ?」
僕の予想なら、女神様が来て異世界転生させてくれるはず。
恐らく数十時間は経っている。このままでは待ち疲れて倒れるだろう。僕は森の話を都合よく忘れ、しびれをきらした足を立ち上がらせる。
ほしいものがあるなら行動しろ。ともいうし待っているだけでは駄目だ。
「何かがおかしい。いや、本来ならおかしいからな……これ。」
もし、これがいつか覚める夢だとしても最後まで抗いきってやる。この世界を満喫してやる。
僕は、ただただ走る事にした。何もない雲1面の世界をずっとずっと。いつか何かが見えてくるはずだと。
何故か息はきれる事が無く肺が一定のリズムを刻む。全然疲れる様子はないし、これなら永遠に走れるほど身体が軽やかだった。
足が気持ちよく弾んでいる。
雲の感触は想像通りにふわふわしていているが、トランポリンみたいに跳ねることは無いらしい。
しばらく走ると霧のような中から城のようなものがポツンと建っているのが見え始めた。
「あれは街? まぁ、天空とはいえ住む場所くらいあって当たり前か。誰かいたら異世界について聞いてみようか」
僕はそこまで走りきると、城の周りは沢山の建物が並んでいる。入り口だと思える場所には、『天空城下町』と門があり入口に看板がおかれていた。
適当だなとは思ったものの、僕はワクワクしながら入った。
この目で、この世界の住人を見たかった。きっと人型ならイケメンか美人で強い人なんだろう。そんな期待を持ちながら周りを見渡してみたが、驚く程に人気(ひとけ)がない。
えらくきれいな町だが。
現実世界でいう西洋に近い感じだろうか。
僕が町を歩いていると、見た事ないものが様々な場所に置いてあった。置物や食べ物……見た事がないものに目を奪われながら、所々立ち止まっては前へ進む。
「ん?」
ある小屋の前を歩くと、『魔法入門編』という書が落ちていた。この世界にも書や魔法という存在はあるんだな。
人のものだと分かっていても、好奇心に負け軽くめくってみる。
「なになに」
『最初は魔法書を使いましょう。事務に頼めば貴方に合う魔法書を選んだり作って貰えます。』
ほう。異世界っぽいが事務? そしてまたページをめくる。
「私達は一概に『魔法書』と読んでいますが、触れると番号が浮き上がり難易度が上がります。数が多ければ多いほど貴方が成長した事を番号が示してくれるでしょう。」
……ほう
最後のページには
「見分けるために表紙に色をつけたり印を付けるのがマナーです。」
魔法とかマナー?にも色々と独自性があるようだ。
よく分かった気がしないことも無い。もう少し見てみたいが、長居をする気力もない。僕は本を置いてまた歩き始める。
そんな調子で歩いていると、いつの間にか僕は城まで着いてしまった。
「とりあえず、上から人を探してみるか」
僕は重い城の扉を体重に任せゆっくりとこじ開ける。天空の文化がつくる城とはどんなものだろうか。文化とか読み取れそうだ。
(……っ!?)
「なんじゃこれ」
その期待をこの城は簡単に裏切った。悪い意味で。
「ぇ…っ………え?」
目の前の壁にはスプレーで
「過度な労働反対!」
「天使は労働外!」
「人間の道具ではない!」
「ロボットでも作れば?!」
「お前は異世界でもボッチなんだよ!」
「うるせーよ!知らねーよ!」
「特典ってなに?」
「バカ!」
「ハーレムってなんだよ」
「BAD!!」
………などなど。これは溢れるばかりの馬尾雑言だな。
そして、地味に自分にもとげが刺さった。
「これは酷い、全くだ。」
なんだこの地獄絵図は。ここは天空だぞ?
僕は唖然としながら頑張って記憶を消そうとしたが、消えてくれないので諦めた。
スプレーだけでなく、ペンキ、剣、旗だろうか? あと羽の残骸。何かの破壊跡。に所々血もあるし、さっきの本でみた魔法書のページまで散らばっている。
魔法書という事は、この破壊は魔法を使った可能性がある。まぁ、深く考えても常識が違うんだし分からない事は仕方無い。もう何でもありだなこの世界。
(とりあえず、先に進もう)
階段を歩いていくと、どんどん悲惨な光景が増していき、ある黒い物体が床に張り付いている事に気づく。
これ……人じゃないか?
「しっかりしてください!!!」
僕は頭を空っぽにして急いで駆けつけた。
「…………」
そこには、女の人が青ざめた顔で倒れていた。長い蒼髪に眼鏡をかけていて、清楚な雰囲気が漂う人だった。
「あのーー女神様ですか? 大丈夫ですか!」
「……私は…女神…じゃ ない。……天…使だ!」
天使と名乗る女の人は弱りながらも力強い声を上げた。
「っ………ごめんなさい!」
僕はすぐに謝った。
正直どちらでも良くないか?と思ったが
「ああっ」
「っ!?」
天使の人と僅かながらに焦点が合い、必死に身体を揺する。
「…?」
「あのー!」
「…」
返事がない。
こうなったら上に上がって人を見つけて助けを呼ぶ。それしかない。おそらく1000m程はあるだろうが上がっていけば何か分かるはずだ。
僕はさっきより急いで駆け上がった。人がどんどん倒れている。何故か皆、女の人っぽい格好だ。
「……!…!。??」
「!!,..、:!」
怒鳴り合う声だ。……しかし、まだまだ声は遠い。スピードを上げどんどん駆け上がる。多くの人が倒れているせいで、僕の歩く場所は僅かな間しか無い。それでも、足を必死に伸ばし飛び上がる。前へ前へ。
(もう少し!)
どんどん戦いの後は酷くなり壁の文字は忌々しい。
普通にモザイク入れるレベルだぞ?
途中途中で女の人が苦しむ声が何度も聞こえた。
最初は近くの人に話しかけていたが、何も返事は無かったし、これは緊急事態だと察していた。
「やっとだ」
僕はついに屋上に繋がる扉の前まで来ていた。疑う事も警戒もせず急いで重い扉を開ける。
「開いっ―」
「誰だ!!!!!!!!!」
その途端、女の人の怒鳴り声が僕に響いた。
「……?」
屋上では、2つの集団が左右に別れ争っていた。流石に1000m下から見えるわけが無い。
よく分からないがさっきの人を基準にすると、飛べるのは天使。浮くのは女神。そのくらいの違いしか分からなかった。
「誰だと言ってるんだ!!」
再び僕を怒鳴りつけ1本の槍が投げつけられた。
「――!」
僕はスっと間一髪に反射して避ける。気づかないうちに冷や汗が流れていた。
「ぼ…僕は………!」
迷い込んだだけだ、説明すれば分かってくれる。
「その格好、お前は人間か!?」
「お前のせいで!」
「許さない。」
「砕け散れ、ゴミ虫が!!」
「よくもノコノコと!」
話を聞く様子も無く、女神や天使が一斉に攻撃を僕にとばしてくる。
グシャ
頬に剣が掠る。
ジワジワとした痛みと共にこれは夢ではない事を僕は察した。この状況間違えなく詰みだ。
僕はまたここでもう一度死ぬのだろうか?
せっかく変われるチャンスだったのに。
「人間を殺せ!!!」
(なんだよこんな終わり方!!)
「……っくそ!!!!」
目を疑う光景と展開に僕はそう思うしか無かった。どうしようの無い怒りを空に向けて叫びあげる。
運命という言葉をこんなに恨むのは今回が最後だろう。
でも、まぁ……こんな人生の終止符にはピッタリなのかもしれない。どうしようもない出来事で中途半端に死ねるんだから。
僕は勝手に出てきた涙を堪えながらに目を閉じた。こんな運命を受け入れるしかない自分を蔑みながら
「……待て!」
「―?」
最後でまた幻聴を聞くとは。もう、助けてくれないのに。
ん、誰に助けてもらうんだ?僕は何か忘れている?でも、不意に願いが叶うなら何かモヤついたモノに会いたいという気持ちが浮かんでくる。
そんな僕の後ろから翼をはためした。彼女は殺気を出しながら息を吸う。
「イグッニグル・ヴァリアルトオオオ!!!!!」
目をつぶるその瞬間、後ろから鋭い声が響き渡った。
「っ!」
ザァーーッ
怒りを表すかのように、風は地面を削りあげる。足場は崩れ、立ち上がれないほどにうねる風に僕は手をついた。
目をこじ開けると皆は耐えきれず、一斉に吹き飛んでいた。必死にその場にある物に掴んでも負ける!
「――ッッッ!」
僕の身体は風に耐えきれず浮き上がった。
「……て!」
風が荒れる中、何かの手が僕にさし伸ばされた。
「つかめ!!!」
「……っ!」
空に放り出された僕を誰かが必死に掴んでいる。僕の視界には蒼い髪だけがなびいていた。
ただその後の事は曖昧だ。誰かに抱かれながら、風に抗うように僕はいつの間にか城を降りていく。
――――ガシャ!!
「……いて!」
しばらくした後、何かが僕を叩きつけた。全身が麻痺しているように動けない。
僕は目すら開けられないまま気を失っていた。
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