第2話

数年前、幼くとも自我を持ち個であると心の中で叫び始めた頃…2人は出会った。


「グラディウス君だよね?カッコいい名前だね!なんか、強そう!」


「そうか…」


「うん!私もグラって呼んでいい?」


「……。」


「ああ!私?私はねラクシャンっていうの。みんなからはシャンのところをちょこっと変えてシアンって呼ばれてたんだ。グラ…君もそう呼んでくれたら嬉しいな。」


「そうか…」


「うん……。ごめんね、うるさいのは嫌だったよね?」


グラディウスは目線を常に遠くにやり、表情を崩さない。


「今日はもう遅いし帰るね。また明日。」


ラクシャンはゆっくりと家に帰った。



家に着いたラクシャンは靴を脱ぎ、手を洗い、うがいをし、顔を洗い、髪を整え、服を着替えて食卓に着いた。


「どう?仲良くできそうだった?」


「うん…。」


「いきなり仲良くなんてなれるわけないから、安心しなよ。」


ラクシャンのおばは食事をラクシャンの前に運び、ラクシャンの頭を撫でながら言った。


「グラ…君、何かずっと遠くを見てるの。」


「遠く?」


「そう。私が話しかける前も、話してる時も、話し終えた後も…その方向に何かあるのかな?」


ラクシャンはスプーンを手に取り、アツアツのグラタンを口に運んだ。


「一緒に行ってみたら?その方向に。」


「なんで?」


「もしかしたらそれがきっかけで仲良くなれるかもしれないよ?明日誘ってみたらどう?行く計画をたてるだけでも楽しいと思うよ。」


「でも…こわいよ。また拒まれたりしたらどうしよう…。」


「大丈夫。私が着いてるから。不満は私にぶつけてきなさい!」


おばは微笑みながら自分の胸を叩く。


「うん…分かった。明日頑張ってみるよ!」


「それでこそラクシャンだよ!頑張れ、チャレンジャー!」


グラタンの湯気が心なしか明るくなり、それは一家の食卓に似合った色だった。



グラディウスは自室で目を覚ます。


「あれ?11時だ……っ!!」


静まり返った街中で、グラディウスは目を丸くする。


「グラディウス…だな?」


グラディウスの丸くした目の前には金属で身を纏った、まるで異星人のような姿をした"何か"が立っていた。


「応答しろ。グラディウスだな?貴様の名前は。」


"何か"は表情こそ見えないが、グラディウスに対して何かしら憎しみであったり怒りであったりのマイナスな感情を抱いていることが分かる。


グラディウスは顔を静かに上下に動かした。


「分かった。お前にはハリアーに来てもらう。黙ってついてきてもらえるか。」


"何か"はグラディウスの顔を控えめに覗き込みながら言う。


「得体の知れないお前について行く義理はない。何がハリアーだアホらしい。あんなの蜃気楼に近い原理で成り立っているもんだ。空に街が浮いてるなんて普通に考えて馬鹿げてんだろ?」


「急によく喋るじゃねぇか。自分の考えを持っていてそれを発信する、そこは普通の人間と変わらないみたいだな。」


「何が言いたい?」


"何か"は前のめりな姿勢をやめ、背筋を伸ばした。


「俺はラーガ。ハリアーのもんだ。」


「ハリアーから来たのか?」


「そう。」


「ハリアーは実在するのか?」


「そう。」


「ハリアーでは魔法が使えるのか?」


「そう。」


「ハリアーがある?」


「そう。」


グラディウスは口をほんの少し開けたままラーガを見つめた。


「そう。ハリアーはあって俺は君を連れてくるよう命令されたんだ。」


「なんで?」


「それは…分からない。でも死にかけの師匠の頼み事なんだ。どうか話だけでも聞いてあげてくれないか?」


ラーガは苦笑いしながら言う。


「……嘘だな、それ。」


グラディウスは窓の外を見る。


「どこにそんな根拠が?」


「短時間でキャラ変えすぎなんだよ、もっと一体性を持てよ。」


「何?お前……ただもんじゃないみたいだな。」


「いや、ただの人だ。お前が分かりやすいだけだ。人の評価の前に自分の格を知れよ。」


「ふざけるのも大概にしろ!」


ラーガはグラディウスに拳銃を突き出す。


「ラクシャンの過去の知り合いといった所か…親戚の可能性もあるな。」


「・・・」


「どうなんだ?」


グラディウスはラーガを見つめる。


「ラクシャン…我がナンギャ族の同胞、私の姉の名だ。3歳にあがって間もない頃に彼女はハリアーから姿を消した。天からの偵察のために自動的にテールに送られた彼女のせいで私の母は心を壊した。だから私は姉を取り返しにきた。なのに…姉はお前に、殺された。土産無しに帰ることはできない…お前の首を持って帰ることが今の私の使命だ。」


「くだらん。お前、見たのか?シアンが死ぬ瞬間を?」


「そうだ。お前が姉を見捨てて逃げるのをしっかりとこの目でみた。」


「じゃあ、なぜ助けなかった?」


「それは……私も命の危機にあったからだ。テールに入った途端、身体が一気に重くなった気がした。だから私は私のことで精一杯だったのだ。」


「それ俺も。シアンを助けようとしてどっちも死ぬんじゃ意味ないだろ?お前と同じ意見だよ。」


グラディウスは立ち上がり、震えるラーガの腕を掴む。


「俺は基本的に人のことは気にしない。自分のためだ。周りからは残酷にみえるかもしれんが、大人たちが形作った俺だ。世界は勝手に回ってる、そう考えた方が身の得だぞ。」


グラディウスはそのままラーガの肩を叩き、ドアを開けた。


「待て…待ってくれ!」


グラディウスはドアノブを持ったまま下を向いて突っ立つ。


「俺は壊れた心の母にずっと咎められてきた。だから私は基本的に人の顔色を気にしてしまう…自分のためだ。周りの目を気にして形作っていく俺だ、どうしたらいいんだ!俺の居場所がどこか分からない!教えてくれ!」


ラーガはその場に崩れ落ち、涙を流す。


「この大地を放浪していろ。お前の顔なんぞ見たくない。苦手なんだ、頼まれ事は。」


グラディウスはゆっくりとドアノブを引く。

ドアの軋む音が響く部屋で、ラーガは泣き崩れたままでいる。


数秒後、今度は嫌な音が消え皆を安心させるバタンという音が聞こえる。


グラディウスは小声で何か呟き、廊下を歩き始めた。

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