第12話 マルクの決意
「じゃ! 上手く話もまとまったところで、そろそろ営業再開といきましょうか! ね!」
突然やって来たイシスが感動の場面に水を差す。
「…………あんた……空気読めねぇんだなぁ……」
恨めしそうに睨み付けるマルクに、イシスは「え?」とキョトンとした顔を向ける。
マルクは諦めたように大きく1つため息をついた。
「……ったく。しょうがねぇな! 営業再開だ、再開! 言っとくが、うちは家族経営だ! 客も皆家族だと思って接するからな! お前ら飯が食いたいなら、自分の事は自分でやれよ! いいな!」
「「「はい!!」」」
マルクの通り掛かりに、イシスの耳元で小さく「ありがとな」と声が聞こえた。
イシスは満足気に口角を上げると、アクアに向けて親指を上げた。
今日のマルクの店は、テーブルのセッティングから水の用意、食事の運搬、お皿の片付け、皿洗いまで全て客自身が行うセルフスタイルだったが、誰も文句を言わず、楽しそうにこなしていた。
まるでカンナがいた頃のような、客と店主の垣根を超えた、皆が家族ぐるみのアットホームなお店だった。
カンナのいた頃は、このセルフスタイルが定番だった。
カンナはホールの仕事を任されている筈なのに、客が「おかみさん、注文!」と言っても「自分で厨房に言ってきな!」と言うし、「酒おかわり!」と言っても「自分で入れてきな!」と言うような、そんな豪快な人だった。
それがかえって面白いと、この店の名物おかみとして皆から親しまれてきた。
そんなこの店の中心とも言えるカンナがいなくなって、マルクは「これからは俺1人でやってかなきゃいけない」と誰にも相談せずに全て1人で抱え込んだ。
カンナがいないのに、同じようには出来ない。そう思っていた。
「おかあさんが いるみたい!」
アクアは「ね!」と、嬉しそうにマルクに笑い掛ける。
マルクはその様子を見て、自身の考えを改めた。
周りの協力のおかげでお昼の営業は予定通りの時間に終える事が出来た。
店にはマルクとアクア、イシス達と、仲の良い常連客達だけが残っている。
「皆、今日はありがとう。助かった」
マルクが声を掛けると、常連客は皆「水臭いっすよ」と笑った。
皆が気持ちの良い疲れを感じて、椅子にもたれかかっていると、マルクは先程胸に抱いた気持ちを、意を決して話し始めた。
「疲れてるところ悪いんだが、皆に聞いてもらいたい事があるんだ」
各々椅子に座ったまま体をマルクに向け、その先の言葉を待つ。
「妻の葬儀をあげようと思うんだ」
マルクからの予想外の宣言に、誰もが驚いて何も返せなかった。
マルクは居た堪れず「ど、どうかな?」と不安げな言葉を付け加える。
「いいとおもう!!」
最初に返事したのはアクア……と思いきや、アクアの後ろで少女の声を真似たイシスだった。
「おい。ここでふざけるか、普通。あんたは葬儀屋なんだから、当然賛成だろうが」
「さーせん」
イシスは反省の意を込めて、お口チャックのジェスチャーをする。
不思議とイシスのおかげで、一瞬張り詰めたような空気が和らいだ。
「で、どうだ?」
「もちろん俺らも賛成っすよ、おやっさん」
マルクが仕切り直して再度尋ねると、皆笑顔で頷いた。
アクアも嬉しそうに大きく頷いた。
「おかみさんにはやっぱり明るく楽しいのが似合うと思うんすよ。だから、ちゃんと皆笑って送り出してあげたいんす」
「そうだな」
「盛大に送り出してやろうぜ!」
「おう」
「……と、いう訳だ。改めてカンナの葬儀を頼めるか?」
マルクがイシスの顔を窺うと、イシスは先程とは打って変わって穏やかな優しい笑みで答えた。
「かしこまりました」
それはまさに聖女の微笑みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます