第11話 父娘の再会

 翌日のお昼時、イシスはアクアを連れて、マルクの店を訪れた。店先には今日も長い行列が出来ている。


 イシスは「頑張って。アクアちゃんに掛かってるからね」とアクアの背中を押した。


 アクアはイシスを見て「うん!」と力強く返事をすると、お店に向かって走って行った。



 しばらくして、いつもと様子が違う事にマルクは気付いた。

 外に並んでいた客が皆、メニューを渡す前からすでに注文内容を決めていて、席に着いたと同時に注文を始めるのだ。


 常連客なのかとも思ったが、どの客も見知った顔ではなく、皆ほとんど初見に近い客だった。


(どういう事だ?)


 マルクが不審に思って店の外を覗くと、そこには列に並ぶ客1人1人に拙い字で書かれたお手製のメニューを配る少女の姿があった。


 少女は「これがおすすめです!」「こっちはちょっとからいです」と、一生懸命身振り手振りを交えてメニューの説明をしていた。


 周りからは「まぁ、可愛い!」「そうなの? ありがとね」と温かい言葉が掛けられ、少女は嬉しそうに生き生きと働いていた。


「アクア……っ……」



 マルクの中で、今まで我慢してきたものが一気に込み上げてくる。


 愛する妻を亡くし、小さな娘と2人だけになって、あの日彼は自分の想いを胸の奥底に閉じ込めた。

 彼女を守るために、とにかく目の前の事だけを考えるようにした。妻の事を思い出したら、自分自身が前に進めなくなってしまうと思ったからだ。


 いつからアクアはこんなに大きくなったんだろう。俺が守ってあげないと、何も出来ないと思っていたのに。いつから自分の意思でこんなに動けるようになっていたんだろう。



「おとうさん!」


 父親に気付き、アクアが声を上げる。マルクは、潤んだ瞳で愛おしく我が子を見つめていた。


「アクアっ……!」


 マルクが両手を広げると、アクアは嬉しそうにその胸に飛び込んだ。

 マルクは今まで我慢していた分の想いをぶつけるように、強く強く彼女を抱きしめた。


「おとうさん……おとうさん…………あいたかったよ…………おとうさん……っ……」


 アクアもまた父親に迷惑をかけまいと、ずっと我慢してきたのだ。

 本当はずっとずっと父親に甘えたかった。父親の力になりたかった。


 マルクは「ごめんな、ごめんな」と繰り返し、アクアをさらに強く抱きしめた。



 辺りからは自然と温かい拍手が聞こえてきた。

 向かいの店の前から一部始終を見ていた元の常連客達も大粒の涙を流し、マルク達の元に駆け寄った。


「すいやせん……すいやせん、おやっさん……っ……。俺らやっぱり……っ…………やっぱりここで飯が食いたいっす……おかみさんの話しながら……また皆と……おやっさんの飯が食いたいっす……っ…………」


 そう言ってマルクの前で泣き崩れた。


「お前らほんと……っ……バカだな……せっかく……っ……俺が…………。ほんと……しょうがねぇな…………また……お前らの飯…………作ってやるよ…………」


 マルクもまた人目も憚らず、大粒の涙を流した。



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