第4話 久しぶりのお客さん

 葬儀屋の魔法陣が青白く光るのを見て、2人は彼女の帰りを悟る。


「「おかえりなさい」」

「ただいま」


 そう言うや否や、イシスはぶつけどころない苛立ちを払うかように、大聖堂行きの魔法陣を跡形もなく消し去る。


「どうせまたすぐ行くんだから、消さなきゃいいのに」

「ちょっと!! 縁起でもない事言わないで!! 最後よ! これが最後!!」

「それ毎回言ってますよー?」

「言わせてやれ。時には現実逃避も大切だ」

「……誰が現実逃避よ」


 イシスは目を細め、じっとり彼を睨みつける。


「そんな事言ってると、お給料上げないわよ」

「給料ならもう受け取りました」

「!?」


 ラピスの言葉に嫌な予感を察知し、すぐさま鞄の中身を確認する。


「ちょっと!! だから人の空間収納勝手に弄らないでって言ってるでしょ!!」


 鞄の中身はすでに空っぽで、そこには布切れ1枚残っていなかった。


 またやられた……イシスは恨めしそうに彼を睨みつける。


 ラピスは以前にも鞄に手を加え、イシスの空間収納に物が入ると、勝手にラピスの鞄に繋がるように空間共有する改造をしていた。


「こうでもしないと、あなたまた無駄遣いするでしょう」

「うっ」


 イシスは大聖堂に行く度に、というより、オニキスに会う度にストレスを発散するかのように買い物に走るのだ。


「無駄遣いするお金があるなら、私達の給料を払っていただきたいものですね」

「しょうがないじゃん。ストレス溜まるんだもん」

「教皇様、良い人だと思うけどなぁ」

「ルビーはあいつの本性知らないから、そう言えるのよ! あんの狸ジジイ!!」


 オニキスは、教皇室で1人くしゃみする。鼻を軽くすすると、今日の事を思い出し、クスリと笑った。


「教皇様若いのに、ジジイなんて言い方しちゃダメですよ」

「若くないわよ。若作りしてるだけで。あいついくつだと思ってんのよ」

「いくつでもいいですけど、結局大事なのは見た目年齢じゃないですか?」


 確かに年齢の割にオニキスは大分若く見えた。イシスと並んでも、そこまで大差なく見える程には。


「見た目が良くても、それを補えないくらいに中身が酷いのよ」

「それ店長にも言えますからね」




 そうこう話していると、2ヶ月半ぶりに葬儀屋の玄関ベルが鳴った。


 チリンチリン


 その音に反応するかのように、3人は"葬儀屋モード"、もとい"おすましモード"に直ちに切り替える。


「いらっしゃいませ」


 イシスは、先程までの様子が嘘のように、物静かに一礼する。2人もそれに倣って、目の前の客に一礼した。

 3人が揃って頭を上げると、目の前には小さな可愛らしい少女が、自身の手を固く握り締めて立っていた。

 傍に保護者のような方がいる気配もなく、どうやらたった1人でこの店に来たようだった。


 ラピスとルビーは珍しい客に目をぱちくりとさせていたが、イシスに動じる様子はなく、いつもと変わらぬ調子で挨拶する。

 

「ようこそお越しくださいました。当店は葬儀屋でございます。お話を伺ってもよろしいですか?」


 穏やかに微笑むイシスに、緊張が少し解けたのか、固く握り締めた右手を前に突き出し、手のひらを上にして広げた。


 彼女の手には、銅貨が5枚のっていた。


「これで おかあさんの ソウギを してもらえますか?」


 少女は、大きく見開いた目で真っ直ぐにイシスを見つめた。

 ラピスとルビーは気まずそうに、お互いの顔を見合わせる。


 銅貨5枚は、パン1斤分に相当する金額だ。到底葬儀をするのに足りる金額ではなかった。


 葬儀には、様々な費用がかかる。棺、墓、化粧、衣装…… 最低限のものに収めようとしても、これだけのものが必ず必要になる。当然パン1斤分では賄えない。


「お嬢ちゃん、申し訳ないけど」


 ラピスは店主であるイシスに代わって、言いにくい事実を少女に伝えようとするが、イシスは彼の腕を掴んでそれを止めた。


 イシスは少女の方に進み出ると、彼女の前に跪き、そっと彼女の右手に手を重ねた。

 その瞬間、ラピスは「あっ!」と嫌な予感を察知する。

 が、と同時にもはや止めようがないとわかり、早くも彼は天を仰いだ。


 イシスは少女に穏やかに微笑むと、はっきりとした声でこう答えた。


「わかりました。お母さんのために、素敵な葬儀をあげましょう」


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