第3話 聖女の仕事

 イシスが無事カルセドニー大聖堂の教皇室に着くと、来る事を予期していたかのようにオニキスは魔法陣の前でニコニコ笑顔で待っていた。


「わっ!! びっっくりした! 危ないな、教皇」

「失礼。あなたが来るのが待ち遠しかったもので」

「……なんか素直に喜べないんだよな」


 オニキスの言葉には大抵裏がある。イシスは長年の付き合いから、それをよくわかっていた。

 それでも結局上手な彼にいつもあっさり騙されてしまうのだが。


「まぁまぁいいじゃないですか。あなたはお金を稼げる、私はあなたの優秀な力を拝借出来る。お互いwin-winなんですから」

「ま、まぁそうですけど。……で? 今回は何? そんな厄介な案件なの?」

「厄介……うーむ、厄介ではないです」


 オニキスは顎に手を置き、「厄介」というワードを噛み締めて答える。


「ちょっと! 含み持たせる言い方やめて!」

「ははは。まぁ見ればわかりますよ」


 イシスが更衣室で聖女の正装に着替えてオニキスの元へ戻ると、彼は鼻歌まじりにニコニコ笑いながら、講堂へ彼女を案内した。

 それがなおさら不気味だったが、それがどういう事か、確かに彼女は一見して理解した。

 この広い大聖堂の講堂に、溢れかえる程いる患者の数を見て。


「さ、今日はここにいる方、全員治して貰います。よろしくお願いしますね」


 オニキスはそう言ってニッコリ満面の笑顔を彼女に向ける。


「ちょっ!? 教皇!! これ全員!? 私1人で!? 無理に決まってるでしょ!!」


 イシスは患者に背を向け、小声で教皇にだけ聞こえる声で訴える。


「ははは。大丈夫ですよ。MPポーションもちゃんと用意してありますから」

「いや、そういう問題じゃなくて!!」


 イシスはオニキスの腕を必死に掴んで訴えるが、耳元で今日の報酬額を告げられた途端、体を震わせ、唇を噛み締め、絞り出すような声で答えた。


「……っ……わ……かり……ました。やり……ま…………す……。っあぁ!! もう!! やってやるわよ!! やりゃいいんでしょ、やりゃあ!!」


 最後は半ば投げやりに言い放つイシスに、オニキスは満足そうな笑みで言う。


「よろしくお願いしますね。皆さんイシスに診てもらえると楽しみに待ってたんですから」

「なんで私が今日来るとわかったのかは、恐ろしいから聞かないでおくわ」


 イシスは覚悟を決めて、何度もMPポーションを一気飲みしながら、「ヒール! 次!」「ヒール! はい次!」と流れ作業のようにこなしていった。


 その様はとても聖女には見えなかったが、実際彼女の能力は素晴らしく、彼女の治療を受けた患者は皆感激して帰って行った。



「はい。今日の報酬です」


 治療が全て終わり、来た時よりも大分げっそりとした様子のイシスに、大金の入った袋を渡す。


「ど、どうも……」


 イシスはすぐに空間収納付きの鞄にしまう。


「ありがとうございました。助かりました。あの沢山の患者をどう捌いたらいいか、困り果てていましたので」

「その困り果てた患者は、1人残らず全部こっちに回って来たけどね! 教皇も手伝ってくれたってよかったのに」

「そんな。あなたに治療して貰う事を期待して来てくれた患者に、私の治療なんてとてもとても」


 嘘だ。絶対楽出来ると思って手を出さなかっただけのくせに。

 胸に手を立てて芝居がかった態度のオニキスに、イシスは心の中で恨み言を唱える。


「またいらしてくださいね。あなたならいつでも大歓迎ですから」


 ニッコリ笑って恐ろしい事を言うオニキスに、「これが最後ですから!!」と毎度の台詞を吐き捨て、イシスは魔法陣に吸い込まれていった。


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