第2話 どっちが本業?

 彼女の店は、24時間365日営業している。それはお客さんがいつでも仕事を依頼出来るようにとの彼女の思いからだ。


 だからといって、この店に頻繁に依頼が舞い込んでくるという訳ではない。


 というより、むしろ……。


「店長ー、このままだとこの店潰れますよー」


 そう言って目元まで掛かった前髪を指にクルクルと巻き付けて暇を持て余しているのは、この店に勤める住み込みの従業員ラピスだ。


「大丈夫、大丈夫! じきにお客さん来るから!」

「そう言ってもう前回の依頼から2ヶ月以上経ってるんですけど?」

「うっ」


 店主イシスは図星をつかれ、反論の言葉が見つからない。


「しょうがないでしょぉー。この仕事は、誰かが亡くならないと始まらないんだからぁー」


 イシスは口を尖らせる。


「俺はこの店の収入なんて、はなから期待してないですけどね。それより、そろそろ"本業"の方やってもらっていいですかね」

「ちょっと! 本業こっちなんだけど!」


 彼の言う"本業"とは、教会で行う病や怪我の治癒。

 つまり、世間一般的な聖女の仕事だ。


 彼女としては葬儀屋の仕事だけに専念したいというのが本音だが、葬儀屋の仕事だけでは経済的に厳しく、時々、いや、かなりの頻度で不本意ながら聖女としての仕事もこなしている。


「収入を考えると、どう考えても本業と副業が逆転してますけどね」

「うるさいな。葬儀屋業は儲けに重きを置いてないんだよ」

「葬儀屋業というか、あなたがちゃんと報酬を貰わないからでしょう。なぜ経費よりも報酬の方が下回ってるんですか。仕事受けない方が得って、もはや店としてアウトですからね」


 ラピスに正論をぶち込まれ、イシスはまた口を尖らせて黙り込んでしまった。


「まーたやってる。ほんと飽きないですよね、夫婦漫才」

「「夫婦じゃない!!」」

「はいはい、わかりましたわかりました」

「……絶対わかってないと思うんだよな」


 店の裏から茶々を入れに来たのは、もう1人の住み込みの従業員ルビーだ。

 垂れ目の寝ぼけた表情の彼女は、寝癖なのか癖毛なのかわからないフワフワのブロンドの長い髪をなびかせている。


 普段は店の裏で黙々と事務仕事をやっているのだが、時折2人の掛け合いを聞いて話に入って来る。


「こうして見ると信じられないですけど、店長って優秀な聖女なんですよねぇ〜」

「黙ってればな」

「黙ってなくても、聖女よ!!」


 この店での彼女を見ると、確かに俄には信じ難いが、実際彼女はこの国指折りの優秀な聖女だ。


 この国1番の名門である聖カルセドニー学園を3年飛び級の主席卒業という前代未聞の偉業を成し遂げた彼女は、卒業後はこの国を代表するカルセドニー大聖堂の次期教皇候補と期待されていた。


 それをまさかの辞退、からの訳のわからぬ事業を始めるとあって、当初国中から大反対を受けた。


 それをなんとか収め、彼女の意志を尊重しつつ、国内の反発の声を鎮められるよう、上手く折り合いをつけたのが、現教皇であるオニキスだ。


 彼は聖カルセドニー学園の学長も務めており、彼女の恩師にあたる。


 彼女の性格を熟知していた彼は、彼女に「お店を立ち上げたばかりの頃は、何かと物入りです。それに、どれだけ経営に長けた人であろうと、安定した経営を続けるのは至難の業。必要ならいつでも私の教会にいらしてくださいね。もちろん相応の報酬はお支払いいたしますから」と事前に伝えておいた。


 結果、創業当時からずっと経営難の彼女は、かなりの頻度で教会にアルバイトに行く羽目になり、教皇オニキスはしてやったりという訳だ。


「とっ、とりあえずあなた達のお給料分くらいは稼ぎに行ってくるわ」

「言っておきますが、2ヶ月分ですからね。先月もまだ貰っていないので」

「……くっ。わ、わかってるわよ。行ってきます!」


 イシスは慣れた手つきで指先で床に魔法陣を描くと、呪文を唱えた。


「我が名はイシス。風の精霊クリソプレーズ、我が身をかの大聖堂へ導き給え」


 呪文が終わると同時に彼女の体は魔法陣と共に青白く輝き、僅かに体を宙に浮かせると、そのまま魔法陣に吸い込まれるように消えていった。


「店長って、聖女の仕事をやればやる程、葬儀屋が儲からなくなるって、わかっててやってるんですかね?」

「言うな。これが1番平和なんだ」


 2人はイシスを見送りながら、この事を墓場まで持っていくと心に決めた。

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