第7話 トゥアハーの海戦
フォモルのブレスは大陸ウラーの主流である巨人族と、追いやられた種族妖精族の混血である。まだ巨人族(=フォモル)が大陸を制覇する前、ブレスの士族の長が魔力豊かな妖精族と同盟を結び、その盟約の証として長の息子と妖精族の長の娘を結婚させた。その息子がブレスである。
武勇優れた巨人族と魔術にたけた妖精族の血を享けてブレスは極めて有能・聡明なフォモルの戦士になったが、やはり混血ということからおなじフォモルの巨人族に嘲りを受ける。彼がウラー全土を統一するに至った理由もそのあたりにある。ブレスは常に最強の戦士たらんと望み、それを証明し続けた。他士族を粉砕し、母の血統である妖精族を排斥し、王中の王となったブレス。だがそれでも心の中にささやき続ける「混ざりものめ」というあざけりの声が消えることはなく、飽くなき征服欲に突き動かされさらなる武勲を求めたブレスは北西、八葉大陸アルティミシアを目指して大船団を繰り出した。
「敵影は?」
朝、看板に出たブレスは航海士に問う。武骨な巨人族ではあるが妖精種の血を引く故、ブレスの容姿は端正に美しい。燃えるような金髪と黄金色の甲冑から「金のブレス」と言われる大陸ウラーの覇者は、水平線の靄のかなたに敵を求めた。
「このあたりの海は静かなものです。アルティミシアは女神の土地、その民も所詮は柔弱惰弱、我らの前を阻もうという気概はないのでしょう」
航海士の巨人は言って豪快に笑う。一度の遭遇戦、戦の準備も万端でなかった商船隊を半壊させただけで、彼は完全に油断していた。そしてその油断はフォモル族全体の共通見解でもある。
だから、靄が晴れて周囲をアルティミシア赤龍帝国の船団に囲まれていることに気づいたフォモル族は、驚愕し動揺し、震駭した。
「慌てるな! 敵はこちらに比べ、はるかに少ない! われらウラーの民の強悍、アルティミシアの弱兵輩に見せつけてやろうではないか!」
周章狼狽する兵たちに、ブレスの一喝。半恐慌状態のフォモル兵は、たちどころに立ち直った。500隻20万の大兵を密集させていたおかげで、ブレスの声は全軍に響いて兵たちを正気づける。この人数に檄を飛ばして士気を盛り返させるあたり、ブレス王の統率力とカリスマは本物であった。
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梁田篤、上杉慎太郎、長船言継の三人率いるアルティミシアの船団が狙いすましてこのトゥアハー海域に網を張ったのは偶然ではない。シンタの軍服懐中には皇帝・新羅辰馬から託された神楽坂瑞穂の選著「百戦要訣」があり、これを熟読したシンタは敵の行軍進路を読み切ることの重要性に思い至ってブレスが採るであろう海路を予測、海流緩やかで波少なく平穏な、ここを通る確率のもっとも高い海域で待ち構える。敵の動きを読む眼力にたけたシンタは、戦場の駆け引きにおける洞察においても卓越した名将となりつつあった。
「予想どーりに敵が来るとすげーゾクゾクすんな! 【ウルスラグナ】前進、いくぜぇあ!」
シンタの号令一下、旗艦ウルスラグナと50艘の高速艇が動き出す。小型高速艇は5艘ずつ10列になって順次、魚雷の勢いで突撃、1番槍をつけた最先鋒は敵陣を貫くとすかさず反転、戻って列最後尾につき、10列目が突撃した後11列目となって突撃する! この円環状の波状突撃により、間断ない連続攻撃をシンタは可能としていた。
「ハッハァ! トロくせー巨人族なんざいい的だ、撃てば当たるぞぁ! 臆さず突っ込め―!」
威勢のいいシンタの号令を、伝令の下士官たちが伝達し全軍が有機的に動く。異大陸を制覇した王の軍を相手に、まったく引けを取ることがなかった。
上杉艦隊がまず先鞭をつけて敵の気を奪うと、すかさず梁田篤、長船言継艦隊も動く。長船は敵が混乱する隙に敵前回答、T字になって艦砲を横並びに並べて一斉掃射、梁田は全体の状況を見極めて指揮を執りつつ、ジョン・鷹森を高速艇で出す。鷹森は敵味方の間をみごとな操船技術で駆け抜け、敵中に焼夷剤「ウェルスの火」を撒いて海を燃やす! 炎に動揺した敵艦めがけて、今度は衝角つきの大型艇が突撃、沈没させる。
「こ、こんな…バカな…わが精鋭が…」
旗艦に接舷して切り込んでくるアルティミシア赤竜帝国兵の猛攻、それを受け流し、弾き返し、斬り殺して気を吐きながら、しかしウラー王ブレスは驚愕と焦慮を禁じ得ない。ブレス配下のフォモル兵は大陸ウラーを統一した精兵、決して弱兵ではなく、しかも相手は巨人族フォモルの臍までもないような短躯の小人たち。
であるにもかかわらずその小人たちの戦慣れしていること、あまりにも剽悍。それはブレスの予想をはるかに上回った。ウラーのフォモルが海戦を得手としていないとはいえ、練度には天地の開きがある。
いまやフォモル勢で本来の勇敢を発揮しているのはブレス一人。その雄偉な体躯を狙撃する、上杉慎太郎。右肩を貫通する弾丸に苦鳴をあげたブレスはついに自分の野心がくじかれたことを悟らざるを得なかった。わずかな腹心に守られ、小型艇で落ち延びる。
「ッハァ! 勝利、平和、万歳ッ!」
シンタが鬨の声を上げ、三軍唱和。ここにトゥアハーの海戦はアルティミシアの大勝利で終わり、そしてブレスがウラーに戻ったころには明染焔、インガエウ・フリスキャルヴの両将がかの大陸に上陸、兵力減衰しているウラーの内陸まで攻め込み、ブレスの宮廷の宰相に迫って脅迫的な講和を結ぶ。インガエウはこの機に乗じて新大陸を植民地化する策を大陸本土に上奏したが、
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「うん、必要ない。つーかこれまで女神に支配されてたおれたちが、今度は他大陸人を支配するとかやっちゃならんだろ」
皇帝、新羅辰馬はそう言って棄却。その表情は優しく穏やかだが有無を言わせない意志の輝きがあり、使者はそれ以上言葉を継げない。こうして赤竜帝国の公法として植民地を認めることはなかったのだが、皇妃エーリカ・リスティ・ヴェスローディアはインガエウと焔両名に命じて新大陸で略奪と収奪を行わせ、その事実を伏せながら自派閥の財力を増強。帝国に上申して辰馬の耳を汚すおそれのある民万余を虐殺させた。辰馬死後、女帝となったエーリカは正式に植民地法を施行するが、それはしばらく先の話。
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トゥアハーの海戦で英雄となったシンタ達が凱旋する少し前。
「あ゛ー…なんか怠い。身体重いわ…」
「今、フミハウさんたちが薬を探しに行ってくれてます。しばらく待ってください、ご主人さま」
「…うん、ああ。そーだな…」
瑞穂の励ましに、辰馬はあいまいな返事を返す。この病状は創世の竜女神イーリスを弑した、神殺しの罪の代償。およそ普通の薬で回復することは叶わないのだが…まあ、奇跡を信じてみるのも悪くはない。命ある限りは足掻いてみようかと、決意する辰馬だった。
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