第5話 創世の女神を弑す-2

 辰馬の一撃!


 イーリスは躱さず受け、仰け反りながらもカウンター! 竜爪の一撃に乗った神雷が、今度は辰馬の土手っ腹に決まる! 大きく吹っ飛ばされる辰馬。瑞穂と穣が駆け寄り、治癒を施す。わずかにふらつきながらも立ち上がり、ふたたび最前衛に出る辰馬。イーリスの攻撃をまともに受けてかろうじて……瑞穂と穣の回復だよりではあるが……立っていられるのは辰馬一人であり、ほかの皆をイーリスの標的とするわけにはいかない。


「……、よくもやってくれるわね……、あなたたちの、母も同然のこの私に……!」

 イーリスの怨嗟が、耳を聾する。轟く雷鳴、神雷が威力を増す。全方位的に展開した青き稲妻が、辰馬とその仲間たち全員を襲う!


「させるかよ!」

 辰馬は腕を突き上げ、すべての蒼雷を自分の身で受け止める。かき消せるような生やさしい威力ではなく、受け止めた辰馬は目から耳から鼻から煙を噴いて膝をつく。再度瑞穂と穣が駆け寄り、辰馬に治癒。


 全員、ここに数十個ずつの【遺産】を持ち寄って決戦に臨んでいるが、そのうちの半分ほどはもう完全に力を失い、ただのがらくたとなっていた。


 このままいくとこっちが尽きるな……。


 辰馬は心の中に呟き、ここでひとつ大きな博打を張る決意をする。


「全員、おれに全力の攻撃を集めろ! それを全部まとめて盈力に変換して、イーリスに叩きつける!」

「!?」

 一瞬、全員が愕然となる。夫、皇帝、恩人、兄貴分、世界のすべて……彼らにとって新羅辰馬とはそういうものであり、辰馬を攻撃するということへの忌避感・禁忌感が躊躇を覚えさせる。


「躊躇ってるヒマはねー! 時間経つほど不利になるんだ、早くやれ!」

 哮える辰馬。イーリスはさせまいとばかりに神雷を嵐と降らせ、攻撃すると同時に辰馬と仲間たちを分断させようとする。


「この際やっちゃるぁ! ニヌルタ、イナンナ、まず俺にぶちかませ!」

 最初に気勢を上げたのは明染焔。従者たる竜の魔女と竜の巫女に命じ、炎撃と氷撃、二発の<天地別つ開闢の剣=ウルクリムミ>を自らの身に受ける。新羅辰馬が今から行う攻撃の着想を得たのはまさにこの技からであり、自らの身にいったん、攻撃を受け、その威力を自分の中でさらに巨大な一撃に返還するというもの。


「そんじゃ行くでぇ、辰馬ァ! うりゃあぁぁっ!」

 氷炎の怒濤が、まず辰馬に直撃する。「っ!!」辰馬は大ダメージにぐら、とふらつくが、かろうじて踏みとどまった。


 焔の遠慮呵責ない一撃を嚆矢として、ほかの仲間たちも攻撃を続け、つなげる。


「恨まないでくださいよ、皇帝! もしあなたが死んでしまったら、雫さんはボクがいただきますが! <アテン・ラー・アトゥム=天に座す至高の主>!」


続いて術を放ったのは覇城瀬名。九重詠唱の焦熱波が辰馬を覆い、その美影身を陽炎立たせる。「おぉし、次! 一斉に来い!」陽炎の奥から、威勢を上げる辰馬。


「では、僕も行きましょう。<レギオス・アートレータ=万軍の覇者>!」

月護孔雀の放つ神焔の一撃が、陽炎もろとも辰馬を薙ぎ払う。辰馬は激痛激苦に耐えるものの、その口の端からは一条、血の筋が流れた。


「陛下がこんなモンで死ぬワケぁねぇと確信してますぜぇ、そんじゃ……<幻剣>!」

長船言継の一撃は精神力を薙ぎ切る幻剣。肉体のダメージならともかくむき出しの精神へ与えられるダメージは強烈。焔、瀬名、孔雀の三撃ぶんより、言継の一撃のほうが効いた。こうして辰馬の身に蓄積されるダメージに比例して、立ち上る盈力の波動も高まりを増す。



「わたしたちも行きますよ、陛下!」

確実に盈力波が強化されるのを見て勇気を得、続くのは明芳館組4人。まず最初に蕭芙蓉。

「行きます!」

ズン! 岩が裂けるほどの烈震脚から、山を穿つ靠撃。辰馬が吹っ飛び、ベヤーズが霊力の矢を引き絞る。風を帯びた超遠距離精密射撃が至近で辰馬を射貫き、そこにおどりかかった李詠春が混沌の闇の咢に辰馬を喰らわせ、さらにフミハウのコタンコロカムイ、万物を埋め尽くして凍らせるはずの絶対零度の吹雪は辰馬だけを襲い、凍らせ、ついで次の瞬間氷は裂けて、力を飛躍的に増した新羅辰馬が現れる。


「はーふぅ……、いい感じ! 次!」

「それじゃ。この程度で死なないでね、皇帝陛下」

 狐神、源初音を憑依させ爆発的に力を増した武蔵野伊織が、銃の限界を超えた威力の一撃。右胸を射貫かれて辰馬は「かふっ!?」と呻くも、辛うじて踏みとどまった。


「シンタ、大輔、出水、おまえらも!」

「は、はいっス! <シャクロー・デーヴァーナーム・インドラ=雷帝インドラ>!」

 シンタの雷撃。おなじ雷撃、並みの相手なら即死と言ってもイーリスのそれとは比較にもならない威力だが、それ以上にイーリスの力と違うのは辰馬の力になりうるという点。誰よりも辰馬の舎弟であることに誇りを持つシンタの雷から受ける力はきわめて大きい。


「で、では……、俺も、行きます! <虎食み>っ!」

 大輔が踏み込み、強烈無比の炎拳。辰馬の首がぐしゃりと曲がりそうな衝撃だが、辛うじて首は折れない。


「拙者もやるでござる! <石陣八卦>ェ!」

 出水が手印を結び、九字を斬る。辰馬の周囲に3メートルほどの8本の石柱が起ち、そして辰馬めがけて崩壊、辰馬を生き埋めにする。すぐさま石柱を跳ね飛ばして辰馬は復活。この時点で体力的にはかなり消耗しているが、棋力の横溢は一目瞭然。


「っし! あとはわが愛しの皇妃たち、全力で来い!」

「させないわ」

 ここまで傍観していたイーリスが、ここにきて動く。竜爪の一撃、辰馬は回避し、二口の短刀、蒼海と紅羿で逆襲。致命たりえるのは秘石をはめ込んだ紅羿からの攻撃のみだが、辰馬は巧みなフェイントを織り交ぜて二つの刃、どちらが神殺しの劇毒を帯びているか、分からせない。結果イーリスは両方をかわし切る必要に迫られ、圧倒される。刃をかわして息をついたイーリスの脇腹に辰馬の回し蹴りが追撃、吹っ飛ばす!


「す……すごいすごーい、たぁくん! 圧倒してる-!」

「さ、さすがご主人さま……」

 雫がはやし、瑞穂が呆然と呟く。それだけ今の辰馬の力は圧倒的だった。


「この程度じゃイーリス斃せねぇから! さっさとおれに力を!」

「では、まずわたしが……!」

 晦日美咲が全力の<加護>を辰馬一人に集中させる。ほかの皆と違い、皇妃たち6人は一人を除いて辰馬を攻撃する必要がない。まず加護の力が、辰馬の力を数倍化させた。


「次は私ね…<久那戸神>!」

 北嶺院文の声と同時、辰馬にあらゆる力の流れを「隔てる」塞の神の力が与えられる。


「わたしの力を受け取って、負けたら許しませんから! <見る目聞く耳>!」

 磐座穣の力が辰馬に流れ込む。ありとあらゆる情報を収集しそれを分析する演算力は敵の防御や回避をすべて読み切って命中させる必中の武器となる。


「アタシの力ってたいしたことないんだけど……ともかく<盾の乙女>!」

「大したことねーなんてこたぁねーよ、あんがとさん、エーリカ!」

 エーリカから渡されて辰馬に宿る、鉄壁の防御力。


「ご主人さま、これを! <トキジク>です!」

「あぁ、使わせてもらう! サンキュ、瑞穂!」

 瑞穂が辰馬に渡したのは時間の流れを操る力、トキジク。


 そして。

「え……と、あたしは、どーすればいいのかな、やはは……」

「しず姉、おれのこと斬れ! そーすりゃ<反神力>がおれに宿る!」

「で……できないよ? たぁくんを斬るとか!?」

「大丈夫、死なねーし! 安心してズバーッと来い!」

「無理無理無理無理無理! 切腹するより無理だから!?」

「いーからやれ! やらんと嫌いになるぞ!」

「ぅぐ……それはズルい……」

「時間もねーんだから! 早く決意して!」

「むー……、ほ、ホントに死なないよね、たぁくん?」

「舐めんなしず姉。いまさらしず姉の攻撃で死ぬかよ」

「そんじゃ……いくよ?」

 雫は銘刀「白露」を抜き。


「あー、来い」

辰馬はうなずき。


「てえぇぃっ!!」

 斬撃一閃。辰馬の身体に飲み込まれた刃は袈裟懸けに鮮血をしぶかせ、そして血がひいた時、辰馬のなかにはあらゆる魔術的干渉を無視する<反神力>。


 そこで瑞穂と穣が辰馬を回復、復活した辰馬は二刀を構えてイーリスに向き直る。


「………………」

「母として、不肖の子らには始末をつけなければならないわね……」

 ゆら、と立ち上がるイーリス。女神の怒りを物語るように、雷霆が唸りを上げる。竜洞内全体を満たす神雷は、しかし辰馬の腕の一振りで掻き消えた。


 辰馬が踏み込む。


 イーリスが迎え撃つ。


 本来追いつけないイーリスの速度、しかし今の辰馬は《加護》の力ですべての能力を増し、一撃当たればこちらを倒しうるイーリスの攻撃は《盾の乙女》の防御力と《久那戸神》の攻撃遮蔽能力で封殺、こちらの攻撃から逃れようとするイーリスの周りの時間の流れを《トキジク》で阻害、動きを鈍らせ、《見る目聞く耳》の超分析能力が命中を導く。そして一撃が命中した際の威力に籠められるのは創世の神を殺しうる盈力とさらに《シドゥリの媚毒=ラユェタンス》の殺神効果、そして神力による防御を無効化する《反神力》。


 仲間たちの全力をその身に受けて極限に高めた力、そこに6皇妃から借り受けた力を乗せて、辰馬の一撃は《完全なる神殺の一撃》となる! イーリスは辰馬の一撃にカウンターの一撃を合わせ、その華奢な首を爆砕させようとしたが、《加護》と《盾の乙女》で強化され《見る目聞く耳》で先読みを可能とした辰馬はギリギリで致命を避ける。そして交錯、すかさず転身して、互いに二撃目を繰り出す!


デーヴァにしてまたアスラの王、大暗黒マハーカーラの主なる、破壊神にして自在天! 汝、燃える男根より生まれし者! 世界を遍く照らす三眼! 偉大なるマハーデーヴァにして悪鬼のブーテーシュヴァラ! 破壊者ハリにして創造者ハラ! 1000の名を持つ王、その霊威を示せ!!」

「!?」

 辰馬の神讃に、イーリスが今度こそ恐怖に震えあがる。今世の神ではない、古神ルドラ・シヴァ、すなわち魔王にして真なる創世の神に捧げられた神讃。イーリスは目の前に真なる魔王の再臨を幻視し、自らが結局最後にはこの魔王に敗北するという真理を曲げることができなかった現実に涙する。


「嵐とともに来たれ! <ルドラ・チャクリン=輪転聖王>ッ!!」


 竜洞の天井をブチ抜いて、金銀黒白の光の柱は蒼穹の果てに突き抜ける。この天の下に住むすべての人々は地から天に向かって飛ぶ光の矢に新しい時代の始まりを予感し、そこかしこの土地で突発的に祝祭が執り行われた。


………

……

 光の柱が消えた時、イーリスの姿はない。数万年来この世界と大陸と人々を支配し続けた絶対至高にして最凶の女神は、完全に消滅した。


「ふう……」

 辰馬は残身、息を吐く。と、ふらつきぐらりと身をかしがせた。そのまま意識を失い、倒れる。


「ご主人さま!? 治癒を……!」

 瑞穂が普段に10倍する敏捷さで辰馬に駆け寄り、治癒術を施そうとするが、すでに限界以上に力を吸い上げて破壊された【遺産】たちから力を引き出すことは叶わない。瑞穂はどうにかして辰馬を救おうと思いつく限りの祈りの言葉を唱えたが、効果が上がることはない。辰馬の身体は燃えるような熱を帯びており、触れていることも困難なほどだった。


「神楽坂さん、無理です。女神イーリスが消滅したことで、地上の神力は完全に消滅しました。……そして、新羅は……自分の表裏存在ともいえるイーリスを倒した結果、長く生きられないでしょう……」

 穣が静かに言う。声は冷静だが、泣いていた。


「いやです、認めません! そんなことは……!」


「と、ともかくたぁくんを連れて帰るよ! 泣いたりあきらめたりは全部やってから!」

 雫が音頭を取って皇帝・新羅辰馬を運び出し、辰馬は10年ぶりに京城柱天に帰還することになる。


 2か月の行程を1月で帰還した辰馬はベッドの上で目覚めた。表情は穏やかなもので、熱も血圧も下がっており、皇妃たちを安心させたが。症状を落ち着かせるのはわずかに残った盈力を使ってのことで、人目がないところでこの皇帝は死ぬほどの苦しみに絶え間なく苛まれることになる。

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