第4話 創世の女神を弑す-1

「『遺産』、持てるだけ持ってきたか、お前ら!?」

「もちろん(です/だよ/よ)!」

 息を吹き返した辰馬の声に、皇妃たち悪友たち配下たちが高らかに応じる。『遺産』と呼ばれるマジックアーテイファクトは神魔がそれぞれの世界に引き上げた後緩やかに力を失っていったが、なおまだ力を残すものも多い。一つ二つではイシュハラに通用しなくても、5つ10個と装備することで新羅辰馬隷下の面々は往時の力を取り戻す。


「そんじゃ、まずはオレが露払いといきますか! 女神の守護者! テメェーの力、封じさせてもらうぜぇあ!」

 長船言継は装備できるだけ装備した封神符の力を一時に解放し、イシュハラの神力に制約をかける。女神イーリスの無尽蔵なる力を完全に抑え込むことはできないが、対等に戦いうるだけのレベルに引きずり下ろす。


 そこにニヌルタとイナンナ、竜種の魔女と聖女姉妹が放つ2重のウルクリムミ。轟焱と氷獄が荒れ狂ってイシュハラに絡みつき、しかしイシュハラは腕を薙ぎ払うと、難なく炎と氷の嵐をかき消す。


 そこに駆け込む、明染焔と朝比奈大輔と塚原繭、そしてやや後方から拳銃とダガーの射撃攻撃を繰り出す武蔵野伊織と、上杉慎太郎。銃弾が射貫き、ダガーが貫き、焔と大輔の炎拳が、繭の氷薙刀がイシュハラを押し返す。


 それでもイシュハラはひるまない。ダメージも大してなさそうに、唇を引き結んで力を引き戻すと腕を薙ぐ。放たれる神雷は竜洞を震撼させるが、それを止めるのは神楽坂瑞穂とフミハウ。瑞穂が指向性のある時間停止で迫りくる神雷の速度を鈍らせ、そこにフミハウが歌を歌いあげ、湧きおこる絶対零度の吹雪が神雷を凍らせた。寒さは苦手な瑞穂だが、今日ばかりは寒いのなんのといっていられる場合ではない。


 イシュハラは厄介な相手を瑞穂とフミハウと見抜き、二人を狙う集中砲火の雷霆を放つ。この一撃に磐座穣は万象自在<ケラウノス>も折れよとばかりに全力を解放、一極集中のふたつの雷は激しくぶつかり合い、互角。この隙に牢城雫が瑞穂を、晦日美咲が穣を、蕭芙蓉がフミハウを、それぞれ抱えて飛び退き、回避。押し負けた穣の雷霆はイシュハラのそれに飲み込まれ、それは竜洞の壁に深い穴を穿った。


 後方でベヤーズが弓手に矢をつがえ、大弓を引く。イシュハラはこれも打ち倒さんと神雷で牽制するが、それは北嶺院文の「久那戸神(塞神)」によって遮断され、虚空に爆ぜる。瑞穂たちを回避させた雫、美咲、芙蓉と李詠春の4人が一斉に踏み込み、白兵第二波。芙蓉と詠春の拳打が痛撃を与え、雫と美咲が交錯、容赦なしの斬撃。左右の腕を斬り落とすも、腕が落ちた瞬間新しい腕がトカゲのように生えてそれが雫たちを打ち倒す。


 雫が倒されたことに意識を熾(おこ)らせたのは覇城瀬名であり、月護孔雀とともに雫の前に立つとエネアド(9柱の大霊)の9重詠唱による熱波をぶつけ、そこに孔雀の神力波が傷を広げんと炸裂。


この間、新羅辰馬は後方にあって力をためていた。傍らには出水秀規があり、かつて辰馬が与えた盈力を返上中。全開の全力を発揮するためにはこの力も必要であり、出水も喜んで力を辰馬に返す。出水の力が弱まっていくほどに、辰馬の金銀黒白36対の光の翅はいよいよ煌々と燃え盛る。


「久々だが…みんな確り戦ってくれる。助かるぜ…」

「主様が鍛え上げた面々でゴザルからな。まったく、これまでいい経験させてもらったでゴザルよ」

「そー言ってもらえると嬉しいね。おれのわがままにつき合わせただけなんだが…」


 戦場に目をやると、エーリカが吹っ飛ばされながら踏みとどまった。神力魔力の素養に関して、完全にゼロであってそのぶん驚異的な身体能力と魔法を受け付けない身体を持つ雫は別ながら、エーリカも素質潤沢なほうではない。むしろ非才の身でありながら、不撓不屈なること最も頑強、根性に富むのはまぎれもなくエーリカ・リスティ・ヴェスローディアだった。


 イシュハラの攻撃を、近距離に詰めたエーリカが受け止め、雫がカウンターを当てる。この二人に勇を鼓され、他の面々も膝に力を込めた。晦日美咲が「加護」を全開にし、フミハウも勇気の歌を歌いあげて仲間たちの戦意を上げる。個々の戦闘力ではイシュハラに遠く及ばない皇妃たちはしかし巧みなコンビネーションでイシュハラを逆に追い詰める!


 そこに。


「終わり、だっ!」

 紅羿=天桜にラユェタンスの力が乗った斬撃が、背中からイシュハラを斬りつける。過去、正々堂々にこだわった新羅辰馬だがこの戦いは負けるわけにいかない最終決戦、卑怯であろうと相手に致命傷を負わせんとする。


「く…!?」


 傷は浅かったが、そこから流れ込む支配の魔石の効力。神すら殺す毒、の名は伊達ではなかった。雷霆を制御できずに暴発させて周囲にまき散らすイシュハラははた迷惑以外の何物でもないが、姿が希薄になり煙となって消失していくに至って「殺す」ということへの忌避感が辰馬の心を締め付ける。相手がこの世界を牛耳る邪悪なる創世女神の尖兵と言えど、殺してしまうことが怖くなる。


 辰馬は手を伸ばして…。


 その腕が、バヂュ! と裂ける。吹き飛ばなかったのは盈力の防壁が働いたからで、普通であれば腕から登ってきた神力に身体まで全部消し飛ばされたとしてもおかしくない。


「…ふぁ、良く寝たわ…数万年ぶり?」

 イシュハラがいた蒸気の柱、その奥から、女の声。ラジオのアナウンサーのようにきれいな落ち着いた声だが、なぜかどうしようもなく心をざわつかせる不愉快な声。現れる青髪の女。額から直線、側頭部からはねじれた角を伸ばし、はしたないほどに露出の高い、青いレオタードをまとったその女は背中から蝙蝠を思わせる竜翼を生やし、尻と腰の継ぎ目から長く屈強な尻尾を生やす。物憂げな顔だち、怜悧な瞳はどうしようもなく退屈そうで、他者の人生を使って退屈を紛らわすことのみが楽しみと言わんばかり。


「ご主人さま!」

 腕を裂かれた辰馬に、駆け寄る仲間たち、そちらに軽く視線をやる女。刹那、指一本たりと動かしたわけでないのに、イシュハラの雷霆よりさらに比類ない威力の雷撃が先頭に立つ瑞穂の足元に突き立つ。


 イシュハラがいた間はその傍らで眠っていた、巨大な青竜の姿が消えてしまっているということは。イシュハラを消滅させて自らを顕現させたこの女は…。


「挨拶が遅くなってしまってごめんなさい。わたしはグロリア。グロリア・ファル・イーリス。この世界の創造者であり、すべての命を見守る存在」


 おっくうげに、あくびを噛み殺しながら挨拶。その名乗りだけで、人の魂に根源的な恐怖を想起させる邪悪の創世神イーリス。この場に集う仲間たちは誰一人臆病さにほど遠いが、それですら恐怖に震え、目の端から涙を溢れさせてしまう。


「っ!!」

 みなの魂が気圧され、飲まれるなか、かろうじて動ける辰馬が特攻するも渾身の突撃は見えない壁に阻まれて止められる。


「あなたは……私が寝ている間、そばで騒いでいた人間ね。あの魔王の気を感じさせるけれど、大したことはないか……」

「なにが魔王だっ、て……! お前の言う魔王が本当は真なる創世の神だってのは分かってんだよ、クソ女神! 魔王一人に悪いこと押しつけて自分は無謬ってツラしてんじゃねーわ、ばかたれが!」

「……ふぅ。五月蠅いわ」

 不可視の障壁に斬りつけ前進しようとする辰馬に、軽くゆらりと掌を向けるイーリス。放たれる雷霆。その威力はイシュハラが操った神雷の軽く十倍。辰馬はまともに受けて吹っ飛び、一瞬意識を失う。そこでようやく呪縛から解き放たれた瑞穂たちが駆け寄り、辰馬を抱き起こし瑞穂と穣の回復魔術で意識と傷ついた腕を回復させる。


「? 力が、封じられているわね……面倒くさいこと。この狭い竜洞を出る前に、あなたを殺して力を取り戻すとしましょうか」

「は……っ、簡単に殺すのなんのと、お里が知れるわ、ぼんくら」

「吠えるな、羽虫。なにかを語りたいのなら、力を証して見せなさい」


 雷鳴、轟き、雷霆、唸る。


 辰馬は結界の障壁を展開、イーリスの雷を止め、一瞬で結界が破られる間に肉薄、天楼の斬撃を繰り出す。無軌道な蛇腹剣の斬撃を躱しつつ、イーリスはわずかに顔をこわばらせた。


「それは……シドゥリの媚毒……その石の錬成法を知るものは地上にはいないはず……!」

「知ったことか! 教える義理もねぇ!」


 辰馬の猛攻、しかし技倆はなおイーリスに圧倒的。36枚の燃える光の羽、メタトロン・モードですら真っ向勝負で唯一無二の創世女神に太刀打ちできない。


 ここで真っ先に呪縛を離れた雫が飛び出し、愛刀「白露」の斬撃を繰り出す。辰馬が上段を攻めれば雫は下段、辰馬が正面なら雫は背面から、と攻撃の隙を埋めるようにして斬撃を乗せる。イーリスに傷をつけることは出来ないが、幻惑し、煩わしいと思わせる。それだけで効果は十二分。


「皇帝陛下に助力を!」


 晦日美咲が言って、「加護」を全体に。ケラウノスを失った磐座穣はフミハウたちに令して戦いを促し、「見る目聞く耳」で読み取った情報を味方に通達。エーリカがイーリスの反撃の間に割って入って聖盾で止める。北嶺院文は久那戸の力を使ってイーリスの雷撃を拒絶し、同時にまた致命を受けそうな瞬間の味方の位置を入れ替えて回避させる。神楽坂瑞穗は最大最強の術式発動のための詠唱に入った。


「甲乙丙丁戊己庚辛壬(きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、つちのえ、つちのと、かのえ、かのと、みずのえ)、一二三四五六七八九十瓊音(ひふみよいむなやことにのおと)、布留部由良由良(ふるべゆらゆら)、十種の神宝(とくさのかんだから)もて請願奉る! かく祈りせば時の揺らぎすら我が意のままなるべし! 加持奉る神通神妙神力加持! 時の調べよ、かかる勇士の未来の姿を、現在に重ね給え! “先触れ”!」


 時間を進め、対象に未来の可能性を取らせる瑞穂最強の術、先触れ。その威力をこの周囲にいる仲間たち全員に及ばせることで瑞穂は喀血、極端な消耗を味わい疲労感に苛まれる。いらんことめざとい辰馬は血を吐いた瑞穂を心配して身を翻そうとするが、瑞穂は声をからして無用と叫ぶ。


「ご主人さま、今やるべきは創世女神を伐つこと! 優先順位を間違ってはなりません!」

「つ! わかった!」

 煌々炯々、燃えさかる翅と瞳で、辰馬はイーリスに向き直る。新羅辰馬という存在が本来到達するはずだった最強の境地、それに達したことで今の辰馬はイーリスとほぼ互角。雫やほかの仲間たちの支援も受け、「ほぼ」互角は「完全に」互角といっていいレベルに達する。


 美咲に続いてフミハウも歌う。歌姫の鼓舞は美咲の「加護」に劣らず、さらにコタンヌの古き神、コタンコロカムィに加護された彼女は味方を鼓舞すると同時、吹雪で敵を圧する。詠春と芙蓉の神力打撃が打ち込まれ、ベヤーズがそこに必殺の強弓一矢、さらに明芳館組には負けないともと賢修院、武蔵野伊織は狐神・源初音の憑依を受け、爆発的に高めた力で二丁拳銃を乱射。


 月護孔雀が光爆を放ち、覇城瀬名はもう一度9重詠唱の熱波。長船言継は精神を斬る「幻剣」を繰り出し、明染焔はイナンナの氷とニヌルタの炎をいったん、わが身に受けてそれを一段上に昇華、白き焔の柱を放つ。


 シンタはダガーを投擲し、大輔は肉薄して強打。盈力を失ったが瑞穂の「先触れ」により十分な力を得ている出水は土礫を飛ばし、足元を泥濘に変え、イーリスを石陣にうずめさせて戦う。


 そして、辰馬の一撃がイーリスを捕らえる。


「っ……!?」

 力が抜けて再生しない傷に、イーリスは美貌をゆがめ、怒り狂う。それは慈しみ深い創世の女神などではなく、身勝手な羅刹の貌。


「あと一歩! あと一歩でこの世界からいらん神魔の干渉は、消せる!」

 辰馬が叫ぶ。思いを同じくする仲間たちも、「応!」と応じた。

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