第112話 白百合少女の
陰雲の下の栗花落、私が伝えたい声の欠片が洞窟に反響する木霊のように消える。
「どうして?」
疾風が一旦停止するかのように止んだ。
雨蛙の縹渺(ひょうびょう)たる鳴き声も消え、悲劇的な螢火も消え、希望の翡翠も飛ばなくなった。
「――それは君が僕と孤独を分かち合いたい、と願っていたからだよ」
白百合が湿気と戯れる、火山灰にまみれた灰鼠色の土手に片足を持っていかれてこけそうになりながらも私は、焦燥感に駆られながらも、その不気味にも首っ丈の恋文に身を焦がした。
「もうすぐ、七夕だ。名も無き恋人が星の河、ミルク・ウェイへと祈りを捧げる星祭。……さあ、早く僕のもとへおいで」
私はその蕩けるような淫靡な声に吸い込まれるように、瑞々しい芝生の上を歩いていく。
「おいで」
私は朽ち果てた世紀末の自動人形のように指図されるがまま、こっくりと頷いた。
「もっと、僕のほうへ」
私も満月の裏側へ行く、あなたとどこまでも。
「おいで」
祓川の水上からトンネルが見えてきた。
あのトンネルだ。
小さい頃に見たあのトンネルの渦。
霊気を纏う、この世に対して失望を前のめりに差し出す、少年の声に導かれるように私は片足を持ち上げながら歩いていく。
「僕が君に会えたのは、こんな螢火を見上げたから」
トロンと溶けた糖蜜色の飴玉のように視界が徐々に緩み始め、私は駄々をこねる幼い子供のようにしゃがみ込んだ。
トンネルはさらに暗くなり、白黒のモノクロのドクロが渦巻き、奥の内側のほうは何も見えず、鬱然としている。
「君は何も考えなくていい」
彼の声が一瞬、薄紫色のグラデーションの釣鐘水仙を手折るように止まった。
「僕は僕でしかない。君さえいれば」
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