第113話 月の満ち欠け、祓い給え


そのトンネルの奥で何度、懇切に哀愁と傷を負いながら交わった夜があっただろう。


初めて、他の人から私が蓋にしていたとある、バイオレット・ガーデンの秘密を探られた。



いや、雑念に抗おうと詳らかにかき乱されたんだ。


太腿をなめらかにか弱い硝子質のような指先で触られた爾後、これを待ち望んだ結果なのに私の身体は正直にじわじわと緩やかに反応していた。


鎌鼬のように皮膚がじりじりと痛い、ああ、程なく痛いんだ、孤独の深淵を見下ろすのは。



何もない、私は私を天心に捧げた。


その人は四葩の花の袖下でしとどに泣き咽んでいた。


その人の架空を押し込めた哀しい眼を見つめた。



とても切ない眼だ。


その眼の混濁のない不透明とは真逆の蒼さを私は想念に駆られる。


私はどこか深い静寂の果てまでやって来てしまったようだ。



祓川から水源の森の御池に続く清流を辿り、源氏螢を追って生生流転の水流に逆らう。


異界へ足を運んだら、いびつな心の中に立て看板が見える。


月の満ち欠けのように汚泥へと流す、私の新月と深紅の血が混じった心の汚濁も、この聖なる小川は拒みもせず、受け入れてくれるのだろうか。



お父さんから聞いたことがある。



なぜ、この聖地は、祓う、というこの不吉な名前で呼ばれるしか、術はなかったのか。


私には分からない。


ここは見知らぬ世界の果てなんだ、と実感しながらも、私は五月闇の下の御池の岸辺へ重苦しい足取りで進んでいた。

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