第109話 梅雨闇、歳月少年


 烏の濡れ羽色の黒髪が青嵐に揺れ、象牙のように痛々しいまで鋭角的な肩の近くまで伸びた長い御髪は茅花流しを受け手に思わせるように激しく揺れた。


 


 少年のほっそりとした白い瘡蓋だらけの悲愴感のある手首や細いビーカーのように艶やかな項、透明感のあるか弱い指先、一本の幽遠な蝋燭のような白い首筋が、梅雨寒の闇の中では、一段と印象的に見えた。


 


 木工薔薇の棘のように鋭かった肩幅も前からすると大幅にまるで、妖美な黒蜥蜴のように広がり、少年期から青年期に這い上がろうとする、青い成長の狭間でその急激な変化に少しばかり、戸惑っているようにも見えた。


 


 私と君はもう、同じ仲間の身体じゃないんだ、と気付かされると一抹の寂しさを覚えた。


 人間は嫌でも歳月を受け継げば、生温い大人になる。


 


 この秘密を抱えた胸は並雲のように膨らみ、腰回りに程よく贅肉はつき、女性性の象徴であるくびれは生まれ、全身がふくよかに魔法使いのメモフォルターゼのように変身している。


 


 乳房の下に隠されたしこりが今でも慣れたわけじゃない。


 生理前には決まった掟のように膨らんだせいで、乳輪が張って痒くなり、その結果、谷間の百合がどうしようもなく傷んでしまう。


 哀憐に支配されると、何故かしら、君に無性に会いたくなるんだ。



「君の手に止まった源氏螢は亡き恋人を探していたんだね。恋の秘密を分かち合おうと、この雨情の刻にさ迷っているんだよ。恋螢は逢瀬が終わるとたった七日でその命を終えてしまう。君も同感だろう? なぜ、この世にある諸行無常は儚いんだろうって」


 ささやかながらも緑風が背中を押し、私は強張った背筋が、出来立てのキャラメルが熱風によって伸縮するように自由自在に伸びていった。

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