第103話 千紫万紅


 外泊届なんてあっさりと親族だと言ったら出してもらったので、私は宿泊先の心配もせず、そのドライフラワーショップへ向かった。


 代官山にあるドライフラワーショップはインスタ映えに間違いなしの流行最先端のスポットらしく、電車に揺られ、車窓を眺めているとあっという間に代官山駅に着いた。


 徒歩でそのドライフラワーショップ、ココボタニカルに到着すると、ファンシーな外観がお見えになった。


 病み上がりの君はその黒真珠のような瞳をキラキラと輝かせ、そのドライフラワーの詩情と戯れている。



「綺麗だね。ドライフラワーなんて病んでしまった僕らのようで」


 死に焦がれた少年は、その一度は玉の緒をしじまの底に落としたドライフラワーを愛おしむ。


「姫小判草と蓮華草、金鳳花、ムスカリのドライフラワーのツリーだよ」


 入り口の前、彼が壁に一面に飾ってあったドライフラワーを指差しながら言った。



「この黄色の花、金鳳花っていうんだ。この桃色の花は蓮華草とは分かったけど。この霞草みたいな白い花が姫小判草っていうんだ。よく、野山に咲いている白いレースみたいな花だよね? ムスカリは私の家の庭にも咲いていた紫の玉蜀黍みたいな価値をした花」


 花の名前なら花風博士の君を頼りにしたい。



「これはハルジオンとクサイの花のリース。野の花ばかりのドライフラワーも僕にはいい。これは蒲公英の綿毛のリース。中に母子草やスズメノヤリ、姫踊草、菜の花のドライフラワーも入っている」


 蒲公英の綿毛のドライフラワーのリースは壁一面に飾られ、相当手を込んだのが分かる。


「野花だけじゃない、生花のドライフラワーもある」


 彼が手に導いた、ドライフラワーはスタンダードの、一重咲きのガーベラだった。


 枯れているに色彩があまり落ちていない。



「死は詩にも通じている。同じ、死、詩という発音なのに違いがありすぎてしまう。ひょっとしたら大和言葉の神様は、死の中に詩を閉じ込めるようにしたのかもしれないね。死を選ぶことで、この一度は絶えたはずのドライフラワーのように詩情をリフレインさせて」


 彼の詩人のような言葉遣いに私は心惹かれる。


 他者から見れば、下手糞な二番煎じに見えるかもしれないけど、歳時記や古語を愛する君にはその資格は多少なりともあるんじゃないかな、と思う。



「このドライフラワー、ブーケになっている」


 そのドライフラワーは主にトルコ桔梗や青い矢車菊、藤の花のような色合いの千鳥草、ブルースター、ラベンダー、薬草の代わりにもなる香り豊かな青い花薄荷、瑠璃萵苣、アクセントに赤いペッパーベリーが活けられた、寒色系で纏められたブーケだった。


 このブーケを作った人は余程ブルーが好きなんだろうか、と思うくらいに。



「このドライフラワーは透明なティーポットの中に入っているよ」


 私が指差した先には枯れた薄桃色のスプレー薔薇が入ったティーポットがアクセントのように置いてあった。


「本当だ」


 彼はじゃれた幼子のように満面の笑みで笑う。


「ドライフラワーのハーバリウムもこんなに」


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