第101話 ドライフラワーの詩


「この前のOTのときにみんなで作業療法の一環で作ったんだ。花屋で買った花や中庭に咲いた花を集めて願いを込めながら作ったんだよ」


 その花束は紅い薔薇や霞草、ガーベラ、矢車草、木工薔薇、チューリップなど春の花がドライフラワーになっていた。



「春を封じ込めたようだね」


 私の月並みな感想に彼は悲しげな微笑をする。


「このあっという間に過ぎる春を封印したような。春夜を宝石箱の中に閉じ込めたような。どんな直喩を使ってもこの感動は言い表せない」


 桜の花びらもドライフラワーになったら、いいのに。


 この夕桜の幻想的な水彩画もいっそのこと、ドライフラワーとして未完成のままになればいいのに。



「これ、ドライフラワーの栞。お気に召したかな」


 彼の手のひらにはラミネート加工された紙切れの中にドライフラワーがあしらわれた栞が披露されていた。


 


 中にはパンジー、霞草、白粉花、ライラック、鈴蘭、ヴィオラ、マリーゴールド……など、その栞だけ架空を弔った彼岸の花畑だった。


 どんな植物も宿命的に訪れる、死も連関した、ドライフラワーの栞に私は焦がれる。


 栞の紙の色は花縹色、言い換えれば、濃い藍色。



「ドライフラワーショップが近くにあるんだって。僕も行ってみたい。ドライフラワーみたいに僕の感性にある美しさを残し続けたい。――いっそ、世界中が花になってしまえばいい」


 私はそっと、彼の頭上にそのドライフラワーの一輪を、古都の舞子さんが挿す花簪のようにのせた。


 


ドライフラワーの矢車草と漆黒の黒髪、春のかたみの西日に照らされた彼の横顔は、巨匠・上松松園が描く、美少女の日本画のように綺麗だった。


 上松松園は乱れ髪に狂わす、秋の七草の花籠を抱えた、平安美人の日本画をこんな精神科病棟で没頭しながら描いたという。


 


 君は立派な隠滅を抱えた、少年なのに美少女なんていう、比喩はちょっと、申し訳ないよね。


 春先の恋猫みたいに私は舞い上がってしまっている。塔の上のラプンツェルのように閉じ込められた君には浮世離れした詩句が似合うんだよ……。



「ドライフラワー。僕が焦がしたノスタルジーの花の墓標」


 夕桜がどんなに潔く散っても、私の疎外感は癒されない。


「ドライフラワーの詩をいっそのこと、書いてみたら?」


 私が冗談めいて言うと、彼は真剣そうにまばたきを繰り返した。


「僕には感性がないからね。そういう自閉的と押し込まれ、スティグマのある障害があるから」


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