遣らずの雨、憂愁少年
第23話 夕闇図書館
この時期は小さい頃に抱いていた焦燥感を思い出す。
来い、来い、早く来い、夏よ、来い。
首を長くしながら夏休みが待ち遠しかった。
次にやって来る二学期の存在を忘れて、永遠に夏休みがあればいいのになあ、と思ってしまう、やるせなさがたまんなかった。
相変わらずオンボロ図書館は都会の図書館に比べればうんと小さい。
蔵書数も少ないだろうし、本も一体いつの? と尋ねたくなるくらい古い内容の本がこんもりと積まれているだろうし、何より華がない。
押入れの黴のような独特の異臭が漂っている。
よく夏に時期なると蚊取り線香をたく。
蚊取り線香の煙にまともに当たると、煙たくって顔を横に瞬時に揺らしてしまう。
ここの図書館の臭いはそんな蚊取り線香の臭いみたいに顔を背けたくなる。
学校の廊下よりも狭そうなロビーを抜け、カウンター近くまで歩くとおばさんが堂々とスマートフォンをいじっていた。
上の人にばれたらすぐにアウトになりそう。
奥の閲覧室はやはり人影はなかったけれども、目の前では、あのおじいさんが新聞を読んでいた。
世間は意外に狭いということをこのおじいさんは教えてくれる。
「やあ、真依ちゃん。元気にしていた?」
静かにしなければいけない図書館でおじいさんは堂々と大声で声をかけてきた。
それでもなおおばさんは夢中になってスマートフォンをいじり続けている。
よく見るとイヤホンをしていた。
勤務怠慢で訴えられそうだ。
私の視線に気づくとおばさんはイヤホンを外して別の作業を始めた。
「おじさん、こんにちは……」
おじいさんはお年寄りにありがちな大きな声で話しかけてきた。
「女の子は礼儀正しいからいいね。うちの孫は野郎が五人だから正月のときは飯のとり合いで大変だよ。真依ちゃんと同じ年齢の誠一郎はお年玉が去年よりも増えたの、少し減ったので一喜一憂してあきれるね。お父さんは元気しているかい?」
まさか、と思った。
この人はあのチャラ男の誠一郎のおじいちゃんだったのか。
すごく厄介だなあ、と正直なところ思ってしまった。
このおじいさんの口からあのチャラ男の近藤君の耳に入ったら茶化されそうだ。
蛇から一発ゲンコを食らった近藤君はさっそく放課後にサッカー部の休憩中にありもしない、悪口の数々をここぞとばかりに披露していたようで、大半の蛇の悪評は近藤君の口から出たものだった。
そんな近藤君のおじいさんが、新聞を読みにわざわざ図書館までいそいそと足を運んでいるなんて意外だ。
「おじさん、父がお世話になりました」
近藤君のおじいさんは、私の挨拶も聞かずに自分の話したいことを貫く。
そういう性格は確かに近藤君に似ている。
「血捨木君の息子さんの光生君は今年、受験生なんだろう? うちの誠一郎はサッカーしか興味がなくて勉強もさらさらしないから、いつもお兄さんのことを例にして誠一郎に注意しているんだよ。『こらあ、血捨木君みたいに勉強すればお前だって多少は良くなるんだ!』ってね」
「私はあまり成績が良くなくて、努力家の兄を見習いたいと思います。なかなか勉強のコツが掴めなくて大変です……」
「いや、いや。うちの誠一郎よりはずっと勉強が出来るよ。うちの間抜けは家に帰ってからも、動画を延々と見ているか眠っているか漫画を読んでいるかのどちらかだよ。いつもそんな調子なんだ。血捨木君も頭の回転が速くて何でも相談できる頼りがいがあったしね。おじさんが現役の頃はまだ若いのに臨機応変がきいて頼りにしていたよ。お父さんの血を受け継いでいるから大丈夫。うちの誠一郎の馬鹿よりは大丈夫さ」
中間テストの結果が下だった私はただ笑って、誤魔化すしかなかった。
近藤君は勉強が出来ないって言っても比じゃない。
全然慰めにもならない。きっと今度受けた期末テストも連続で最下位なんだ。
愚痴ってもそれは負け惜しみの他ならない。
おじいさんとの話を失礼のないように話を切った。
蛇に会いに来たんだった。
蛇は相変わらず小難しい本を読み耽っているのだろうか。
もうすぐ閉館時間に差し掛かっている。
蛇みたいに教科書に出てくるような本をひたすら読み続ければ、頭だって良くなるんだろうか。
この前のときのようにカウンターのすぐ前で本を物色しているのではなく、奥の、日焼けした手作りの張り紙が貼ってある本棚の前に立っていた。
「ごめん、読んでいる途中かもしれないけれど」
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