第22話 裸身


 蛇の身体?


 絶対に死んでも見たくないようなものなのに考えただけでも空々しい思いがすくむ。


 夢で見たことはその人の深層心理なのだと言う。


 本音ではこうしたいと思っていても現実には、実現不可能な事実を成し遂げたくて、夢の中に出没させるとか。


 夢の中に出てくる人なんてよほど親しい人か知っている人じゃないと出てこない。


 それって、夢の中に出てきた人が好きだっていうこと?




「どうしたの? 真依」


 あまりの恥ずかしさに火が噴きそうだ。


 渾身で嫌悪感を封じ込めたのも虚しく、蛇が裸のまま微笑を浮かべているのが、頭の中で回転している。




 残像を消そうと試みたが、それをすればするほど脳裏に焼き付いて、日焼け不可能な真新しい写真のように残ってしまう。


 蛇らしき少年が蠱惑的な微笑みを浮かべ、裸身のまま、くねくねしながら、他者に己の性を誘惑し、媚って赤い唇で透明なナイフで接吻し、まるで何て言うのだろう。


 お伽噺のヒロインのように見つめていた。


 一連を思い出すと机の上を凝視し、私は威圧的な雰囲気を圧縮させた。


 昂然と立ちはだかっている私を見て莉紗は何度か声をかけている。




 ――君には顔がない。どういう意味だろう。じゃあ、自分自身で顔がないって思っているの?


 グルグルと疑問符が浮かび続ける。


 現実の蛇は引っ越し初日に君は偽善者だ、と言ったよね?


 何が言いたいの?


 言葉の真意を吟味すると何か、腹立つ。


 腹の底がグツグツと煮えだしている。




 偽善者、偽善者、偽善者……、と薄気味悪い言葉がグルグルと回りその度に能面のような蛇の顔が浮かんでくる。


 一切の表情を浮かべていない、生きていない蝋人形のような味気のない顔。


 そのまま魔法で時が止まってしまえば、美しい人形ができてしまいそうな、完璧で作り手を無視した顔。




 いつか夢に出てきた、謎の少年が自分の手に血まみれの手で握られたこと、鮮やかな血が心行くまで安心できたような気がしたこと……。


 一息したから莉紗のかけ声に気づいた。


 ハッとなって莉紗に返事をした。




「私ってボーとしていたね」


「真依ってよく人の話をすっぽかすよね」


 心の中にチクリと針が刺さって、溢れた血が秋に咲き誇る彼岸花のように滲みだした。


 明るく繕っているつもりでも、みんなは正しい態度で接しられているとは思っていない。


 いつも夕暮れの家の外で夕食を待っている子供なんだ。




 人と話すと何か大切なものが抜け落ちている。


 みんな楽しく話しているときに自分だけ話の輪に入れなくて、疎外感だけが残ってしまって、暗い汗を背中にかかなければならない。


 心の深い悩みとか思いは誰にも話せないんだ。


 みんなはそう話せない悩みをどうやって、処理しているのだろう。




 私には分からない、分からない、どうして分からないの? と聞いても誰も答えてくれる人なんてこの世の中にはありゃしない。


 会話が成り立たないことがあるし、うまく言葉も出ないし、他の人に喜ばせようと思ってもばれてしまう。


 今日は部活を早めに終わらして、図書館に行ってみよう。


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