第17話 七夕少女
期末テストもようやく終わり、もうすぐ梅雨も明けそうだった。
今日は七夕の日だ。
彼氏のいないテーィンエンジャーには関係ない話だ。
五時半に部活が終わるとまっすぐ寄り道もせず帰った。
ただいま、と言ってから二階に上がると、お兄ちゃんが高校入試に向けて着々と準備をしていた。
夏休みには県模試も行われるようで部活を引退してからというもの、ほぼ毎日机に向かって参考書と睨めっこしている。
お兄ちゃんの机は過去問や学校から配られたプリントで魔窟と化していた。
荒らされた机と逆行するようにあの問題の親戚の子の机の上は綺麗さっぱり整頓されている。
蛇が勉強している形跡はほとんどなかった。
「ああ! 二時間ぶっ続けで勉強するのはやっぱりきついぜ。受験生活はまだまだこれから気を引き締めていかなくちゃ!」
「お兄ちゃん、大変だったね。私は三年生になったらお兄ちゃんみたいに長時間も勉強できる自信がない」
「大丈夫だ、慣れだよ。慣れ。毎日続ければ慣れてくるさ。あいつ受験が近いのにあんなにさぼっていて本当に大丈夫なんだろうか?」
あいつというのは蛇のことであるのは間違いない。
あれから、蛇は放課後あの小さいオンボロ図書館に通い続けているらしく閉館ぎりぎりまで本を読み耽っているようだ。
お兄ちゃんもさすがに呆れているようで、ことあるごとに忠告しているが、蛇はお兄ちゃんのことを嫌悪しているらしく無視している。
その徹底したシカトぶりがすごくて、お兄ちゃんが何度、声をかけても耳を傾ける気配はない。
最近は向こうから避けてきた。険悪な仲のふたりなのである。
「大丈夫じゃないの……。本人の意思で読み続けているんだから志望校に不合格になっても本人の責任だよ。真君は私が話しかけてもさっさと逃げちゃうし、真君は校内で自分が噂の的になっているのも気にしていないようだし、別に転校初日みたいに誰かに迷惑しているわけじゃないもの」
兄は手で頭を抱えながらウウンと声を出して、愚痴っぽく話し始めた。
「それで成績が悪いならどうでもいいんだ。我慢にならないのはあいつ何もしていないくせに俺より社会と国語の成績が良かった」
「ええ! そうなの?」
意外だった。
お兄ちゃんは常にトップでテストもどの教科も高得点は獲得し、これだったら難関校に十分届くと学校の先生たちが喜んでいるくらいなのだ。
そんなお兄ちゃんを飛ばして、二科目だけでも首位の座に立つとはすごい。
「何点だったの? 真君の点数?」
「それが……。あいつ両方とも九十五点を取りやがった。ありえねえ。あいつは数学が極端に悪かったから俺の総合点を何とか下回ったけれど悔しい。俺が毎日勉強して掴んだ結果なのに、あいつは毎日ぶらぶらしてその結果だよ。むしろあいつは……」
秀才で苦労したことがないお兄ちゃんが悔しがっている。
突然転がり込んだ遠い親戚の子に首席の座を奪われそうになり、かなり焦っている。
それを見て正直気持ちが良かった。
無論、本人の前ではそれは絶対に言えない。
「残念だったね。次に頑張れればいいじゃない?」
その場に合った言葉を選んでみたが、お兄ちゃんの不満は尽きないようでぶつぶつと文句を言っている。
「呑気だなあ。お前ってやつは。悔しくないのかよ。あんなやつが来てうちの家計も圧迫されているんだぞ。それだけじゃない。あいつは噂によれば福岡の学校で問題行動をして警察沙汰になったんだぞ。そんな不真面目人間に負けるってわかるかよ、すごく俺は悔しいんだ。あいつ福岡の学校で相当悪だったらしい」
「お兄ちゃんも真君が福岡出身って知っていたんだ」
「知っていたよ。それもかなり荒れている学校だったって聞いた」
「お兄ちゃん、それは違うよ」
前に蛇の靴がブランド物の革靴だったのを知って、それは違う、と言った。
「真君は福岡の私立中に通っていたんだよ。それなら話がまとまるんじゃない?」
「はああ。あいつが私立中に通っていたのかよ。ありえねえ。あんな空気が読めないアホを受け入れる私立中が現実にあるのかよ。それなら」
兄は納得したように口を開いた。
「絶対に裏口入学だ。それしかない」
蛇がそんなにお金持ちの実家ならわかる気がするよ、我が血捨木家のご先祖様は名の知れない農民じゃなかったのかな、だって、蛇は私たちの遠い親戚なんでしょう、と私は疑った。
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