第11話 夕雲


「今日は部活がないの。早く家に帰れるなんて滅多にないの。だから、こんな時間帯に歩いていたんだ」


 蛇はそれから急に無口になり、気まずい空気が流れた。


 どこかおかしい。


 絶対におかしい。


 何か必要最小限の明るさと気力さが感じられないんだ。


 大体の人ならもっておかしくないモチベーションが蛇にはない。




「あのね、さっきのあのことはごめんね。ごめんね……」


 あれは悪かった。口が軽い莉沙に意地でもいうんじゃなかった。


 蛇は意外にも激怒をすることはなく、それが何なんだよ、と言いたげな様子だった。




「別にいいさ。前の学校でも似たようなことがあったから」


 前の学校? 


どういう意味だろう。


 さっきまでは言いたげな様子だったのに今度はどうしたのだろう。


 似たようなこと?




「えっ。前の学校で何があったの?」


 蛇は打ちひしがれた表情で小さく頷いた。


「あったさ。こちらから願い下げだけれどあいつらはすごくたちが悪くて」


 その途端、蛇は気が変わったように急に饒舌になって喋り始めた。


「あいつらは不謹慎なことしかやっていない。授業中なのにカラクリ人形のように散漫に遊び呆けて、スマートフォンやら漫画やらいじったり読み込んでいたり、講義そっちのけで自分たちのやりたい放題なのは目に余る。集中力が切れてしょうがないんだ。根から不真面目な輩が多いよ」


 スマホの正式名を会話の中でさらさらと言う人はなかなかいないだろう。


 この蛇の改まった言葉遣いは謎のままだ。何が言いたいのだ、蛇は。




「その男子から何かひどいことをされたの?」


 話の核心に迫っても蛇は話さなかった。


 急に黙ってしまい、目が据わっていた。




 夕雲はどこまでも身を任せて流れていった。


 シルバーグレーのような風合いの雲は早々とかけっこをして、通り過ぎていく。


 俄か雨のあとの湿気が道路の上を白い靄を作り遊んでいた。


 雨で生まれた、水たまりがアスファルトの窪みに佇んでいる。


 雨上がりの、気だるい熱風がなんとも心地が悪い。




「あいつらが……」


 唐突に話を無視したかと思えば、蛇が独り言を言い始めたので思わず声を荒げてしまった。


「どうしたの?」


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