第5話 腐食
その日の深夜布団の中で雨音を聞きながら丸くなっていた。
これで六回目だ。時計の針は午後十二時過ぎを指している。
布団の中で身体を縮こまらせると昼間の出来事が浮かんだ。
蛇は夕食の時間まで声を駆けても泣きじゃくり、ずるずると引きずっていた。
秒針の動く音のみがはっきりと聞こえる。
黒い絵の具で塗り潰されている階段も何やら幽霊が忍び寄ってきそうな、ただならぬ気配がする。
布団のすぐそばにある箪笥も目の前に落ちてきそうな気配があった。
胎児のように丸くなっても眠気は一向に来る気配はなく、目は開いたままだ。
手首に弧を描いた傷の生々しさが眼を眩ます。
赤い雫に腐食された無数の古道は、何度も痛めつけなければ、この世に存在しないものだ。
象られた無茶苦茶で意味を持たない赤い道筋。
多くの浸食を貪って手首に固定されていた。
あの傷は学ランの袖に隠しているのだろうか。
鈍色のインクを染めた紫色のドレスを着た金髪の少女が、恋人からもらった、エメラルドがはめ込まれた銀色の腕輪を投げ捨て、精密な装飾が施されたナイフで袖をまくりあげ、手首を痛めつけている、……そんな少女だけが許されている行為。
ただ選ばれし女の子だけが許されている、一握りの女の子だけの特権。
一度も見たことのない生々しい傷。
赤く変色した瘡蓋。
手首の傷は赤く弧を描いてなかなか消えるものではなかった。
深夜に布団の中で丸くなりながら、夜のただならぬ化け物に対して息を潜めた。
今までの何倍以上に強く瞳を閉じる。
その透き通った声とともに狭霧が消え、うっすらとした黒い影が揺れ動く。
我と名づけられたある種の存在を意識する。
ここは遠い日の記憶で己という存在を無意識に忘れられる唯一の場所。
秋の夜長の月影のように淡く光っているムーンストーンがあちらこちらに散らばっている。
砥石からは人影が露わになり、黒い影が彼を呼んだ。
夢の中の少年は蕩けるように肌が白かった。
すべすべとした長い漆黒の黒髪が揺れては揺れ、揺れてはしなやかに床へ真っ直ぐ伸びている。
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