第21話
「はい。なんでしょう。」
緊張と照れが入り交じりやや甲高い声になってしまう理央。
「栗の甘皮を向く器具を探していてここで取り扱ってますでしょうか」
「あ…少々お待ち下さいませ」
朝方、周と店内を見まわしたときにそんな器具があったようなことを思い出した。
理央がそれを取り、レジ前で待つ女性客に確認する。
「これでよろしいでしょうか」
「そう!これ!ありがとう。これをいただくわ」
会計を終え、商品を包装していると
「学生さん?」
女性客が気さくに話しかけてきた。
「はい。今日からアルバイトで働かせてもらってます」
「そう。それでよくこの器具のこと一瞬で分かったわね」
「家でも栗を剥くのを手伝ったことがあってそれで思い出したんです」
「よく料理とか手伝ったりするの?」
「自分で作ったり手伝ったりするくらいですよ」
「えらいわね。私が子供の頃は部活ばっかりで…って長居するのも悪いわね。ありがとうまた来るわね」
「ありがとうございました」
包装した商品を受け取り、お礼を言って退店した。
スマート、というのかさっぱりとした感じの綺麗なお姉さんの笑顔が印象に残る。
「あんまりじろじろ顔を見ると気持ち悪がられるわよ」
「うわ!」
いつの間にか理央の隣に立っていた周が眉をひそめ、あからさまに不快感を表し注意する。
「そんな、ただ世間話していただけだよ」
「うそ。綺麗な人だったもんね。退店するときだって目で追ってたじゃない」
周が理央の脇腹を強めに揉んできた。
「ひや!」
「いい!お店の客層上、若い女性が結構来店するから、下心見え見えの目線で接客されると女性はすぐ気付くから注意して!お店の評判に係るの」
周が強めに言いつける。
「今まででだって女性は来店してたじゃないか」
「…さっきの人は特にジロジロみてた!」
周があごを引きジロっと理央を見る。
「わ、わかったよ。気を付けるよ」
周は店の品出しやらの他の作業をしており、理央がその女性客に接客しているときは死角になって気づかないと思われたがどこからか見ていたのか周は厳しく指導した。
そんなこんなで閉店時間まで残りわずかとなった。
「そろそろ店、占める準備しようか」
事務室で作業していた大江が腕時計を見て売り場の二人に声をかける。
「わかりました」
周がそれを聞いて返答し、理央に閉店の準備を教える。
レジを閉める作業、店の外の立て看板をしまう、軽い店内掃除等々、一通り見せた。
「こんな感じで午後八時の閉店に向けた作業を行います。今日一日お疲れ様。」
レジカウンターの前で周が軽く微笑んでみせた。
「こちらこそ、教えてもらって、助けてもらって」
「それは私から願い出たことだから。気にしないで」
一瞬の沈黙の後、ダメもとで理央は周に話しかける。
「周!お願い!家庭科部に来てほしい!」
「だーめ。しつこいと嫌われるよ」
そっぽを向いて、ロッカーへと身支度のため向かう。
それにつられて理央もついていく。
周はそそくさとロッカーからカバンを出し、財布や小物をしまいエプロンを取り外し、ロッカーの中へとやった。身支度が整いロッカーを閉める。
周はそーっと横目で身支度をしている理央に目をやる。
とても寂しそうな顔をして落ち込んでいる。構ってもらえなかった子犬のようだ。周の心の隙間に後悔という念が流れ込んでくる。
理央も身支度を整えたところで様子を窺っていた周がそろって大江のところへと足を運んだ。
「よし。じゃあ今日はお疲れ様。泉さんは火曜日の学校終わり、できるだけ早い時間に来てもらえるかな。その時にシフト表、渡せるようにしておくから」
「わかりました。火曜日もお願いします」
バイトで疲れているのか先ほどの周の部活勧誘の断りが効いたのか元気がない。
店を出て、自転車のカギを開け、さぁ帰ろうとした瞬間、
「理央!」
周が腕を組み自動ドアの前で仁王立ちしていた。凛とした表情が際立っていたが何かおかしい。
「?」
うかがうように周の方を見た。疲れゲージが上限までに到達しかかった彼には鈍い反応しかできなかった。
周がぽつりぽつりと言い始める。
「明日、月曜日、放課後…家庭科部に顔出すだけでもいいならいってみるわよ!」
「…え!?本当!」
「見学だけだからね…」
自動ドアの枠に背をかけ、両ほほを赤らめうつむきながらそういった。
部の存続に一歩近づいたことに理央は歓喜を上げた。
月曜日。
家庭科部での出来事から1週間が経ち、アルバイトを始めて終えた翌日。
一週間の始まりがやってくる。
昨日の人生初めてのアルバイトの疲れが体に出ていることを筋肉の繊維一本一本が感じているようだった。しゃがんだり立ちっぱなしだったりをしていたこのに因るものだった。
「う…」
ベッドから上半身を腕で立ち上げるように起き上がり、ふくらはぎに熱を帯びた張りがあるのを感じた。
単純に筋肉痛だったが、非活動的だった理央にとっては一日の始まりを鈍く重たくさせるには十二分だった。
やっとこさベッドから起き上がり、制服に着替える。準備を整えバッグを持ち一階へと降りようとする。ふくらはぎから太ももにかけて筋肉痛がそれを邪魔してくる。一段一段確かめながら階段を下りる。
「おはよう」
「おはよう。なんか元気ないわね」
「昨日のバイトの疲れが残っていて」
「しばらくすれば慣れてくるわ」
雅子がすでに朝食の準備を済ましてくれていた。
いただきます、といい理央が箸をとり、手をつける。
朝食を食べ終え、学校に行く準備を整え、家を出る。
いつもの月曜日、クラスメイトに声をかけ、席に着くと直人がやってくる。
他愛のない会話、予鈴前には直人がクラスに戻り、授業が始まる。
やはり疲れが残り、授業の内容が頭に入らない。板書をひたすらノートに写し、どうにかやり過ごす。
昼休みが終わり、午後の授業が始まる。あと二限も終えれば放課後だ。
そう考えながら昨日の出来事を思い出す。周が家庭科部に顔を出すと言ってくれた。
うまくいけば部員が5人になる。その上、周は料理を嗜んでいるようで彼女が部活に加われば、大きな戦力になること間違いなし。と理央は回らない頭で画策していた。
放課後、ホームルームが終わり、理央の携帯にメッセージが届く。直人からだった。
どうやら担任に頼まれごとをされ、家庭科部の部活に遅れてやってくるらしい。まぁ、そんなこともあるかと思い、身支度を整え、家庭科室に向かう準備を進める。
昨日の疲れも取れ始めた。気分が上向きになり、今日は何をするのかと考えながら、家庭科室へと向かい始める。
いつものように家庭科部の前に到着し後方のドアから入室した。
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