第22話

「お疲れ様で…す…」


理央は家庭科室の状況が理解できないでいた。


中央の机の壁側の通路で帆貴と周がにらみ合っていた。


一触即発。多分その言葉が近いだろう。いつもの笑顔からは全く想像つかない目を見開いて帆貴を威嚇するように眼光をのぞかせる周。


帆貴も同様に冷静な面持ちではあったがあからさまに尋常ではない敵意のような眼差しが周の方に向いていた。






「あ、泉君!」


あまりの光景に目を奪われていたが、反対側の通路にあわあわしている徳子が理央に声をかけた。それはその険悪な雰囲気を打破すべくふり絞り上げた声だった。


それに気づいた周がハッとなり、理央の方に駆け寄る。


「ごめん理央。あの人がいるんじゃ無理。」


周が理央の肩を握り囁くように声をかけ家庭科室を出ていった。


「周!」


声をかけたがそのまま立ち去っていった。


家庭科室に入り、中央の机による。


「…どうしたんですか?」


理央が恐る恐る尋ねた。


「泉君、あなたが彼女を引き入れたの?」


帆貴が周に向けた鋭いまなざしをそのまま理央にやった。


メデューサの能力でも持っているのかその目を見た瞬間、理央は硬直した。


「ストーップ」


徳子がその空気を察知し二人の空間に割って入った。


ようやく帆貴は自信を取り戻したかのように瞼をゆっくりと閉じ一呼吸置いた。


理央も何が何やらだったが緊張がほぐれ、腰が砕けたように近くの席に座り、それを見た二人も席に座った。






どうやら、徳子が一番乗りで家庭科室に入り、その次に帆貴が入ってきたらしく、そこで今日の予定を話し用意していたら、周が入室して見学の旨つたえると何かに気付いた周が帆貴に近づき無言で先ほどの状態になったのが事の顛末らしい。


「彼女は一年生の平周っていう子です。アルバイト先で一緒に働いている人です。料理に興味があったので自分が家庭科部に入部を進めました。今日、見学しに来てくれるって言っていて…」


理央は補足した。


「それで、帆貴ちゃん説明してくれる?」


どうしてあのような状況になったのか説明を求める徳子。


うつむきながら何か思い悩む帆貴。


「…はい」


「半年くらい前になると思いますが、家庭の関係で都内で開かれたあるコンベンションに私は参加していました。」


「そのコンベンションは私の家庭にかかわりが深い方たちが新規に店舗を立ちあげるにあたって関係者の方々に料理を振る舞う催しでした。」


「いきさつはわかりませんがおそらくコンベンションを開くにあたって企画運営に係った会社の関係者に平さんがいらっしゃり、その時同じ卓に同席していました」


「コンベンションが進むにつれ料理人の方々が考えた新作の料理が振る舞われました」


「たしかタイのこぶ締めをアレンジした料理だったと思います。その時は斬新な味付けだったと思いますが料理人がその日のために考案した料理であり挑戦したものであると感じ取りました」


「その後席を外し、お手洗いの帰りに平さんと廊下で話しました。彼女ははっきりと物を言う性格でした。先ほどの料理に対する評価で話し合っていましたが彼女のものは決して良い評価ではなくそれどころか『源組』を見下した発言をしました」


「私は料理人に対する姿勢は挑戦したものであり、また出店を認めた『源組』を見下す発言を撤回してもらいたかったのですが彼女は頑なに意見を曲げませんでした」


「その後、一か月前くらいだと思います。ナビアで彼女と再会しました。その際にも小競り合いになり私は決定的に彼女と決裂しました」


「まさか彼女がナビアでアルバイトをしているとは知らず…泉君をアルバイトさせるべきじゃなかったかもしれせん」






一通り語った帆貴は理央の方を向き悲しげな表情をして目線を外した。理央は帆貴の表情が何を表しているのかいまいち理解できないでいた。ナビアにアルバイトをしに行ったことなのか周を呼び寄せたことなのか。いろいろな感情が錯綜した。


また理央は『源組』というのがどういったものなのかわからないでいた。コンベンション、新規に店舗を立ち上げる、ナビア、平周。数々のワードが理央の頭の中で渦巻いていた。


「なるほどね」


徳子が眉をひそめ目をつむり、天井の方を向いた。


家庭科室に沈黙が広がる。


誰も発言できないでいると


「ちーっす」


直人が遅れてやってきた。間が悪いのか、いいのかわからないタイミングで入ってきた。


「お疲れ様」


徳子が明るく表情を作り直し、直人の挨拶に返答する。


「よし!じゃあ、今日は前回提案したマカロンはまた今度にして急ですがカルメ焼きを作ります」


「熊谷君、カルメ焼きって知ってる?」


「名前なら聞いたことありますけど作ったことないっす」


「よし、この機会にカルメ焼きを作ろう。手軽に作れるから初心者向けのお菓子作りにうってつけなんだ」


「帆貴ちゃんもほら、今日作ろうって言ってたじゃない。元気出して!」


「…はい」


徳子が場を和ませようとしてはいたがいまいち、うまく帆貴に伝わっていない様子だった。


直人にいたっては何やら異様な雰囲気と状況が理解できないでいた。








「なんかあったのか?」


流石の直人も気になったらしく先輩たちが準備しているすきに理央に問いてきた。


「ちょっと説明しづらくて、また今度説明するから今日のところはカルメ焼きに集中してて」


理央が両手で拝むようにして直人にお願いした。


「まぁ、後日ってことで」


こういう時の直人は聞き分けが良くて助かると理央が内心ホッとしていた。


帆貴と徳子が手際よく準備を進める。ザラメ糖、重曹、水、銅製のお玉、菜箸を用意して、ガスコンロを設置する。その上に焼網を置く。


先輩二人は調理の準備を進めるが帆貴はあからさまに作業のようにもくもくと進めている。不機嫌、そういえばいいのかわからない。いたって冷静な表情を保ち、必要最低限の動きのみをしている。カルメ焼きの準備なのでそう難しいことはないが何を考えているのか、一人でカルメ焼きを作り始めた。


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