第20話

「まさか、あんなんで落ち込んでるんじゃないわよね?あんなんで暗くなられたらこっちまで気分が沈んじゃうじゃない。しゃんとしなよ」


綺麗で整い凛とした大人びた顔からこぼれる笑顔は年相応の幼さを見せた。


理央の胸に得も言われぬ温かさが広がる。


斜め横に座り、いつの間にかロッカーから出した持参の弁当箱をトートバッグから広げた。


「私も食ーべよっと」


「…平さん、自分で作るの」


「うん。自分で食べたいもの食べれるし、練習にもなるし、何よりも楽しい~」


語尾に合わせて体を揺らしながら眉を上げイーっと口を横に広げ嬉しそうに語る。


しゃべりながら二段重ねの淡いピンク色の弁当箱を平行に並べ、蓋を開ける。


一方にはのり弁、もう一方には三種類程度のおかずが入っていた。


ブロッコリーのマリネ、トマトソースで味付けした焼きブリ、ワインで煮た鶏肉。


どれも作りたてのように綺麗に盛られ、作りたてのようだった。






「おいしそう…」


「おいしそうじゃなくておいしいです~」


目を細めて、なんとも言えない真顔の横目でこちらを見てくる周。


「平さん、もしかして学校にも…」


「二人の時は『さん』付けはいらないわよ。周でいいわ。私も理央って呼ぶから」


さらっと名前呼びを許可された。


「周…は学校にも自分で作って持ってきてるの?」


「そう。極力できるときは自分で作って自分の腕を上げるため、未来に向けて日々勉強中」


「バイト以外は料理のことだったりいろいろ頑張ってるんだ」


「まぁ、フランス料理が好きで主にそっちを学んでいるんだけど、それだけじゃ物足りないからいろいろ学んではいるんだ」


「でも学ぶことが多くてなかなか追い付かないのが現状」


「難しいね。人生って」






弁当を頬張りながら語り続ける。


「料理って色々なことができると思うの」


「私が一番目指しているところはもちろんみんなに認められる料理を作ることだけどそれ以上に料理を通じて人と人とのつながりだったり、他人同士でも温かい団らんを作り出せるような、そんな空間を作り出せる料理人になっていきたい」


「だから今はいっぱい勉強して取り込んで人の幸せを作り出せるように奮闘中」


周が料理を勉強している理由を語り始めた。語りつくせない多くを持っているように感じ、その一片を理央に聞かせてみせた。


「すごいね。最近、他の人からも自身の未来のことについて聞いて自分はまだ何も持ってないなって感じて…なんかうらやましいよ」


下を向きなんとなく落ち込む理央。


「でも、さっきのトラブルぐらいで落ち込んじゃ駄目よ。もっと頑張ってもらわないと」


「ははは…」


大層なことではない。些細な会話が理央の気分を楽にした。






「そうだ。スフレ作ったんだ。食べてみる?」


「いいの?是非いただきたい」


「ちょっと待って」


周はトートバックからタッパーを取出し、サランラップで包装されスフレを理央に差し出してきた。


カップケーキのような大きさのスフレはふんわりとしており優しい黄色のそれの上には粉砂糖がまぶしており食欲をそそる


「どうぞ。」


タッパーを両手で持ち差し出してきた。


「いただきます」


理央は遠慮なく、包まれたスフレを一つ取り出そうとする。


しかしうまく取り出せない。スフレが入ったカップに何かしらの油が付いているようでうまく取り出せなかった。


見かねた周が自らでグイッと指でつかみ


「はい、あーん」


と言い理央の口元まで持ってきた。


気恥ずかしさはあったが遠慮なく口にした。


一口食べたところで周から受け取り、包装を外し、再び口に運ぶ。


「…口当たりのいい甘さでしっとりしてておいしい」


理央は目をつむり一口を味わうかのように感想を述べる。


「…お粗末様です」


周が一瞬真顔になるが、ハッとして笑顔を作り、謝辞を伝える。


理央がスフレを食べている間に周が自分の弁当へと箸を戻す。






周が口の中の物を飲み込み理央に尋ねる。


「理央は…この先どうしたいの?」


「この先?」


「興味あることとかやりたいこととか」


弁当に箸をつけ食べながらモグモグと口を動かし、こちらを見る。


「今は…そうだ!」


理央はあることを思いつく。


「学校で家庭科部に入っていてお菓子作りをやりたいんだ」


「へー…それで?」


「実は…部員が少なくて困ってるんだ」


「ほー」


「周は料理作り好きって言ってたし、是非家庭科部に入ってほしい!」


「ダメー」


即、断られた。


「さっき言った通り、学校外での活動に忙しいの。バイトだけじゃなくて料理のこととかも勉強したいし」


「それだったら、家庭科部でもお菓子作りもいい勉強になると思う!みんなで切磋琢磨しあって作るのは」


「正直、やりたいレベルが違うっていうか…」


「毎回じゃなくても、月、水、金曜日の放課後、家庭科室に時間がある時に参加してほしい!」


「とにかく!今は忙しいの!ほら、もうそろそろ休憩終わるよ」


遮られる形でその話題は強制終了された。諦められずにもやもやしながらロッカーへと移動する。






そそくさとロッカーに行き支度を整え、売り場へと戻る。


「お疲れ!ひと段落できた?」


先ほどの落ち込みっぷりを見て大江が気にかけていた。


「はい。ありがとうございます。気分転換できました」


周の心遣いが理央に響いたのか彼は朝よりも元気を取り戻していった。


「それは結構。平さんが戻ってきたら僕も休憩に入るからよろしくね」


「はい」


それからのしばらくの間、特にトラブルもなく無難に業務をこなしていた。


午後6時頃だろうか。20代後半の女性が入店してきて、即座にレジに立っていた理央に話しかける。


「すみません。ちょっと探し物をしてまして…」


そう話しかけてきた客はやや困り顔だったが見目が整っていて鼻筋が通っており率直にいって美人だった。

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