第19話

「いらっしゃいませー」


周が来客に挨拶する。


「い、いらっしゃいませ」


理央も後を追うように挨拶した。


恰幅のいい40代くらいの主婦が入店してきた。ナビアをよく使うのか入店して


すぐさま小物コーナーに直行しいくつか商品を


持ち、レジカウンターへと早足で近づいてきた。


「これ、お願いします」


「い、いらっしゃいませ」


主婦はやや急いでいるのか余裕なく、商品を乱雑にカウンターへと放った。あまり感じのいい雰囲気ではない。商品は弁当に使う紙カップやミートボールなどに刺すプラスチックの串等だった。


理央が急いで商品をレジに通す。


「2点で、750円です。」


「はい」


「1000円、お預かりいたします」


お札をレジに入れる。すぐさま釣銭が…出てこない。千円札が中で詰まってしまったようだ。


「…早くしてくれる?」






苛立つ主婦。焦る新人アルバイト。


「少々お待ち下さいませ」


理央はレジスターのディスプレイの案内表示に従い、お札が詰まった場所を確認するため、パーツを外しレジスターの内部に目をやる。初めての対応でなかなか詰まった千円札が取り出せない。


徐々に頭の中が白くなっていく。脂汗が滴る。


「商品はレジ袋にお入れいたしますか?」


周が見かねてヘルプに入った。


「いらないわ。バッグあるから大丈夫よ。それよりまだなの?250円程度でしょ?」


「領収書はご利用でしょうか?」


「いらないわ」


「承知いたしました」


ちょっと失礼、と周が理央に言い彼を除けるようにしてレジの下にあるキャッシュドロアーを開け、小銭を取り出した。


「お待たせいたしました、250円のお返しです」


「どうも」


主婦は商品をカバンに入れ理央をにらみながら退店していった。


周が主婦を見送ったところで


「まぁ、こういうこともあるわね」


「ごめん」


「しょうがないわよ。私でもお札が詰まるの初めてだったもの」


「領収書いらなかったら、あんな感じで対応すればいいから。レジの詰まり、直そうか」


周は何事もなかったかのようにレジの詰まりを難なく直した。


「デビュー戦は辛酸を味わったわね」


苦々しく笑って言った。


「真っ白に燃え尽きたよ…」


「まだまだこれからよ。あんなの失敗のうちに入らないわ。どんどんやっていきましょう」


客は途切れなく入店し、続々トラブルが発生する。






釣銭切れ、レシート切れ、購入した商品を忘れていく客、クレジットカードの期限切れの対応等、普段起こりうる障害が次々に発生する。周が一瞬目を離すと何かしらの問題が発生しその度に周が問題を察知し駆けつける一連の流れがバイト初日で出来上がっていた。


「灰になりそう…」


「あなた、結構不運だったりする?」


「こういう連打は初めて…」


うなだれている理央。


「まぁでも…昔は…私も…」


「?」


「いや、なんでもない。最初にある程度、問題に直面しておけば後が楽よ」


いそいそと事務仕事をしていた大江が売り場に出てきた。


「二人ともお疲れさん。そろそろ休憩時間だから30分ずらしで休憩取ってくれる?」


「そしたらあなたからどうぞ」


「ありがとう…」


ロッカーにエプロンをしまい、財布と携帯電話を取り出した。


「コンビニで何か買ってきます…」


「了解。そんなに落ち込むなよ」


大江も理央の不運の連続を見ていたのか笑顔で励ますがその声援は理央の耳の右から左へと通過していった。


店を出て最寄りのコンビニへと向かう。


「初日にしては大忙しだね。大丈夫そう?」


「大丈夫ですよ。私がちゃんと教えますから」


心配していそうで笑いながら周に語りかける大江とどこから湧いてくるのかわからない自身で自らを納得させるかのように答える周。


落ち込みながらもサンドイッチ、おにぎりとミネラルウォーターを購入し事務室の木机でひっそりと食べ始める。すでに打ちひしがれていた理央。帰宅したい気分ではあったが今日は閉店までのシフト。今しばらくの辛抱だ。






「…いやなことがあるとすぐ逃げたがる…」


売り場に大江と周が出て、一人になった事務室でつぶやく。自己嫌悪が胸の奥底から徐々に広がっていく。怒られたくないからやらない、聞きたくないから聞かない、言いたくないから言わない、見たくないものは見ない。そうやって嫌なことからのらりくらりと逃げてきた。






ラクで楽しいことだけを求めて生きてきた。必要最低限の努力の人生。高校も親に言われたから入った。なすがまま言われるがままの日々。今日ここにいるのだってそうだ。今までもこれからも自分はこのまま。冷たい深海のより奥深くの割目に沈んでいく意識。どこでもない遠くを見ていた眼を瞼でしまい、自分の殻にふさぎ込む。理央はそうやって自分を何者でもない何もできない人物へと追いやってきた。自分にはできない、向いていない、可能性がない…






パンッ!


「何寝てるの!寝ながら食べると太っちゃうわよ」


笑いながら軽く背中をたたき起こしてきた周。休憩時間を30分ずらした周が休憩に入った。

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