第16話

土曜日。






朝、雅子に頼まれた家事をこなし、リビングの掛け時計が正午を回ったところで、先日来るように言われた調理器具屋に向かうこととした。


リュックサックに持ってくるように指示された資料を入れ家の外のサンルーフに置いてある自分の自転車を引っ張り出し、街の商店街からやや離れたその店に向かった。


自転車を走らせるとやや雲が多めだが暖かくなった4月の風が心地よく感じた。頭の中ではどのような風に面接が行われるのかをイメージしようとしたが如何せん初めての面接であるのでネットで調べた情報を元にシミュレーションを自室で行ったが緊張は和らがなかった。






そうこうしているうちに、目的の店に到着。


店のそばに自転車を停め、降りて店の自動ドアを通る。


「いらっしゃいませー」


店内から女性店員の声が響き渡る。前回訪れた時にはいなかった女性だった。商品棚の商品をしゃがみながら整理していた女性店員は20代後半くらいの容姿だった。


店内には6つほどの商品棚の島があったが入口から見て、正面の奥で作業をする女性に近づきそれとなく声をかける。


「今日、面接に来た泉と申します」


女性は振り返った。


「あ!あなたがそうなのね。ちょっと待ってて」


女性店員は立ち上がり、レジカウンターの横にあるバックヤードへと小走りでかけていった。


レジカウンターから顔をのぞかせた女性店員に手招きをされ


「こっちにきてくれますか」


理央はそちらへと向かった。






レジカウンター横のスイングドアを通り、バックヤードを覗き込む。


思いのほか中は広く、デザインはそのままこの店のデザインを模したようなオシャレなつくりで中央には家のリビングにあるような、木製の四角い机があり、丸椅子がいくつか置かれていた。


入って左側の壁側には様々な書類や雑貨類がおいてあり、もう一方の右側は作業スペースらしく2台のデスクトップパソコンが備え付けられていた。


奥のパソコンの前で男性が作業をしているらしかった。ひとつ気になったのバックヤードの奥にカーテンがかかっていたことだった。


「失礼します」


「こんにちは」


男性は軽く挨拶した。表情を作っていたワケではないが感じのいいさわやかなみための30代中盤くらいの男性だった。


「どうぞ、そこに座って」


理央はリュックサックをおろし、近くの丸椅子に席に座った。


持ってきた資料をリュックサックから取り出し、クリアファイルから抜き出し、机の上に置いた。






「僕は店長代理の大江っていいます」


「よろしくおねがいします。泉理央です」


「田ノ浦高校に通ってるんだよね」


「…はい。今年から」


資料にまだ目を通したわけではないが大江は理央の通っている高校を知っていることに一瞬疑問を持ったがすぐに答えを思いついた。


「あ、あの子か」


半強制的に本日の面接をセッティングした同学年の女子を思い出す。


「ん?」


理央の独り言に大江は不思議そうな顔をした。


「いや、なんでもないです」


「そう。じゃあ、資料もらっていいかな?」


「はい」


理央は資料を両手でまとめて机でトントンと整え大江に渡した。


「平さんからどのくらい聞いてる?」


「平さん?」


「…あ、彼女、自己紹介もしなかったのか」


「えっと…泉君を紹介したのは平周たいら あまねたいらあまねさんっていう高校生」


理央はここではじめて彼女の名前を知った。


「4月からアルバイトしていて木曜日に君がアルバイト募集を見て興味を持っているらしいことを聞いて、面接を設けたんだ。今日はここには彼女、来てないけど」


「まぁ、ちょっと、齟齬がありますけどそうですね」


両者もやもやした雰囲気の中、大江は理央から預かった資料に目を落とした。






大江は資料を見ながら理央に質問した。


「アルバイトの目的は?」


「部活動を始めたので部費を稼ぐために働きたいと考えてます」


「何部に入ってるの?」


「家庭科部で料理…っていうかお菓子とかを作っています」


「甘い物が好きで家でもたまに作ったりしてます」


「へー、何曜日に部活入ってる?」


「月、水、金です」


「なるほど」


大江は坦々と質問をしたのち理央に目をやる。


「そしたら業務内容を簡単に説明するね」


「まぁ見て大体わかるかと思うけどレジ打ち、品出し、接客、慣れてきたら発注とかもおねがいしたりする感じ」


「なるほど」


「そんなに難しいことはないけど大丈夫そうかな?」


「初めてなのでなんとも…」


弱弱しく答える理央。


「わからないことは教えるし、勤務中一人になることはごく稀だから」


「それにお菓子作りもやるみたいだし、調理器具にもある程度知識がありそうだから問題ないと思うけど」


「そうですね」


「じゃあ、オッケーだね、早速明日から来てもらいたいんだけど」


「え?明日からですか」


面接を受かったらしかった。それと同時にいきなり明日から来てほしい旨を言われたので驚いた。






「実はいろいろあってね。本来の店長が事故に会っちゃて今入院中なんだ」


「他のアルバイトの人も都合がつかなくて、ただいま絶賛人員募集中だったんだ」


「僕は本来はSVっていって管轄してる店舗の売り上げ管理だったり様々な指導や提案をする職務なんだけど今言った通りここの店舗は人員不足でにっちもさっちもいっていない」


「これで泉君にアルバイト断られたら…」


わざとらしく肩をがっくりおろし、うなだれる大江を見て、


「わ、わかりました、明日から来ます」


慌てて、理央がアルバイトを受けることを承諾した。


「よかった~これで首の皮一枚つながったよ。断られてたら周さんになんて…よし、そしたら明日からよろしくね。朝9時半から閉店まで」


「い、いきなり長丁場ですね」


「明日ちょうど平さんもいるし、仕事を教えてもらいには彼女が適しているよ。早いことに越したことはないしね」


景気よさそうに理央の肩をたたく大江。






「僕も明日は出勤しているから、不安なことがあればすぐ相談して」


「…わかりました」


「じゃあ、アルバイトするにあたっての書類に目を通してもって、確認したら押印と名前を記入してくれるかな」


そういって大江は書類を渡し、署名欄に名前を記し、押印するよう促す。


アルバイトするにあたっての注意点などが記された書類に目を通し、署名した。


「心配事や不安はあるだろうけれどそんなに身構えるほどじゃないから安心して」


大江は口角をあげさわやかに微笑んだ。

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