第15話
理央はあわてて飲み込んで
「いやー、おいしくってつい」
とごまかして言った。
「そうですか」
今度は嬉しそうに笑った。
徳子も食べ終わったらしく
「ごちそうさま」
と手を合わせてお辞儀した。
「おいしかったね」
「ごちそうさまでした」
理央は徳子に合わせるようにして残りのケーキを頬張り、それじゃあ片付けていこうかと徳子は促した。
徳子と帆貴が食器類を洗い、布巾で水分を拭きとり食器棚に戻した。
すべてを片付け、部屋の明かりを消し廊下へと4人ででた。
「あ、そうだ。部室のカギの返し場所、教えておくね、帆貴ちゃんは先に帰っていいよ」
「それだったらわたしも、」
と貴帆は自信もカギを返す場所に行くことを提案する。
「大丈夫、大丈夫。この後もあるんでしょ?」
「…はい、ありがとうございます」
謝辞を述べ、失礼しますとお辞儀をして、そそくさと家庭科室を離れていった。帆貴も何かと忙しいらしい。
「じゃあ、職員室行こうか。」
一階の中央に位置する職員室は夕陽が落ちかけた放課後のこの時間でも外からいやというほどわかるくらいに煌々と蛍光灯が光っていた。
「失礼しまーす」
徳子が職員室のドアを開け、大きな声で挨拶をした。
「岡部先生は…あ、まだいる」
職員室に副校長の席が前方にぽつんと置かれ、そのはるか後方にはそれぞれデスクの島があり、そこの一つのデスクに女性教諭が座っているようだった。
「中で先生に挨拶しておこうか。ほぼほぼ初対面だよね」
徳子が中に入って岡部に挨拶をするように促した。
徳子に続くように2人が中に入り、岡部の方に近づいた。
「お!彼らが新入部員かい?」
ハキハキした口調で問いかけたその女性は30代中盤のように見え、きれいにメイクしており、キャリアウーマンのようないかにも仕事ができそうな雰囲気を纏っていた。
「はい。家庭科部では珍しく男子ですが今日は一緒にショートケーキ作りました」
「それは結構」
「それじゃあ挨拶しようか」
「1年C組の泉です」
「A組の熊谷です」
「よろしくね」
首を横に軽く傾けながら、こちらを向き口角を上げそう言った。
「それじゃあ今日はカギの返し場所を教えに来たのでこれで失礼します」
「ああ。気を付けて帰るんだよ」
失礼します、と各々が岡部にお辞儀をしてその場を離れた。
「カギはさっき入ってきた、扉の横に備え付けられたキーケースに入れておわり」
「家庭科室を使うときは岡部先生に一声かけてカギを借りてね」
「いなかった時はどうするんですか」
直人が問いかける。
「その時は近くにいる先生に声をかけて家庭科室使う旨を伝えて借りればオッケー」
キーケースの扉をあけてカギにいれて扉を閉めた。
「じゃあ帰ろうか」
「はい」
三人が歩き下駄箱まで到着した。
「そういえば、英語のテストがあるって言ってたね」
理央が思い出したかのように授業について直人にしゃべりかけた。
「あ!そうだ、俺、英語の教科書、教室に置きっぱなしだ」
「先に帰ってください。それじゃ。」
有無を言わさず、直人は駆け出して行った。
「先に行きましょうか。」
「…そうだね」
一瞬考えた徳子は理央の提案に乗った。
靴を履き替え昇降口で歩き、眉をひそめわらいながら徳子は話し始めた。
「さっき、家庭科室で帆貴ちゃんと話してたこと聞き耳たてちゃった」
「え?なんのことですか」
「アルバイトのこと」
「ああ、それがどうかしたんですか」
「ちょっと怖くなかった帆貴ちゃん」
理央はその場面を思い出した。
「そ、そうですね。ちょっとアルバイトに関して否定的というか」
「私が思うに彼女の環境とか諸々あってのことだと思うんだ」
「彼女の実家は日本料理の老舗で幼いころから料理を習っているの、その中でできるかぎり家庭科部に所属して活動しているの」
「アルバイトに否定的なのはたぶん家庭科部の時間を大切にしたいからだと思うんだ」
「…そうなんですね」
「だからといってアルバイトしちゃダメってことじゃなくて、機嫌悪そうにしていた帆貴ちゃんを嫌いにならないでねっていう…お願いかな」
「そんなことは全然ないです」
「そっか、ありがとう」
昇降口の階段から降りて校門前で話し合っていた二人は若干の沈黙の後、
「じゃあ、また週明けに家庭科室で」
「はい、失礼します。」
校門で別れて理央は帰路に就く。
初耳の情報だった。帆貴が日本料理の店で料理をならっていたとはつゆ知らず、幾度か口にした彼女の料理を評価したが最初に食べたクッキーに対して述べた感想のことを理央は軽く内省した。
元パティシエの母を持つ理央にとって、料理人が作る料理はその人自身を表すからであると自らの考えをもっていたためだった。
今まで食べた菓子の中でも和菓子に分類される大福があれほどまでに佳美だったことにも納得がいく。
それに今日のケーキのパレットナイフの手さばきはプロのようだった。それらの技術は帆貴が幼いころから積んできた研鑽そのものだった。
何かに一生懸命になることはこういうことかと肌で、自分自身の舌で理解した理央だった。
「『薄紙の 火はわが指を すこし灼き―』」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます