第17話

「ありがとうございます」


「それじゃ、今日はこれで帰宅してもらって大丈夫だ」


「…わかりました。失礼します。」


理央は床に置いたリュックサックを持ち上げ軽く大江に会釈し、離席。その場を後にする。


退店する前に女性店員から声をかけられた。


「よろしくね。泉君。私、三善っていいます。」


「よろしくお願いします。」


「大江さんにも聞いたと思うけど今人があまりいなくて、私も時短で働いているの。迷惑かけるけどどんどん教えていくから安心してね」


「ありがとうございます」


頭を下げ、そそくさと退店した。


理央は何げなく看板を見ながらリュックサックを背負いなおし、自転車に乗り帰路に就く。


「存外、あっさりしてたな…」


初めてのアルバイト面接はすんなりいき、無事働くこととなった。






店員の雰囲気もいいし働きやすそうではあるが、人員不足なのは気になる点であった。


平周、不愛想そうな雰囲気かと思えば、アルバイの件を持ち出した途端、満面の笑みを浮かばせ、学校でも気さくに話しかけてくる同級生。


どうして理央が半強制的にアルバイトに誘われたのかは人員不足のせいだったのかもしれないと考えた。


周のシフトやら職務が軽減されるため、喜んでいたものであると考えると納得がいく。






いろいろあったが充実しそうな高校生ライフを過ごせそうなことに嬉しさを感じた。


「部活にバイト、たまには誰かと遊べたらいいな…一応母さんに報告しておこう」


理央はあることに気が付いた。


先日洗い物をしている際によく見かける【navie】の文字が先ほどの店舗の看板の文字のデザインが酷似していた。


「母さん、あそこの店で食器とか買っていたんだ」


自転車をこぎ、帰宅する。


夕方、雅子が帰宅した。


「ただいま~」


それを聞いた自室にいた理央は帰宅した雅子に報告すべく、一階のリビングへと降りた。


ダイニングキッチンで台所の横のスペースで買い物袋から中身を取出し冷蔵庫にしまう雅子。


「母さん、アルバイトに受かったよ。思ったよりも面接もすんなりしていて肩透かしをくらったみたい」


間を置き雅子が答える。


「そう。よかったわね。これで週末ぐうたらしなくても済みそうね。」


軽く口角を上げながらいじわるそうに理央に語り掛けた。


「ナビエってよく使うの?」


「ナビアよ。店名がフランス語表記なの。そんなんでよく受かったわね」


「あそこの品ぞろえとかいろいろ都合よくて使っているの」


「なんだ、知っているなら最初から言ってよ」


軽く愚痴を言いながら、唇を尖らせた。


「いつから働き始めるの」


「明日の9時半から来てくれって」


「そう。くれぐれも失礼のないようにね。不純異性交遊とか、きれいなお客さんに声をかけたりとか」


「あそこのお店、かわいい雑貨とか小物も取り扱っているから学生さんとか若い女性の社会人のひととかよく来るのよ」


「そんなことしないし、わかってるよ」


学生生活で何かを行うことを勧めてきた雅子が意外と反応が薄いことに落胆をして自室に帰ろうと雅子に背中を向ける。


「今日は中華にしようかしら。そういえば最近中華屋さん行ってないわね」


「まぁ、ちょっと遠いしね」


「今度、お父さんとタイミングあわせていきましょう」


「うん、最近、外食してなかったし食べたいな」


理央が振り向きながらそういうと雅子は嬉しそうに笑っていた。理由はよくわからないが嬉しそうにしている雅子をみて、理央もなんとなく微笑んだ。






日曜日、いつものように雅子が準備した朝食をとり、アルバイトへと向かう準備をする。


就業規則では男性はワイシャツを着る決まりなので学校に着ていくワイシャツに黒のチノパンで衣服を整えた。


玄関を出て自転車に乗り、ナビアへと向かいこぎ始める。


昨日とは違った緊張に包まれる。初めてのアルバイト、接客、商品知識、レジ打ち…何もかもがわからない。不安でしかなかった。


平周も今日のアルバイトに出勤すると大江は言っていた。その大江も今日、出勤しわからないことは教えるといっていたが不安なものは不安である。


「ええい!なすがままだ!」






自身に発破をかけ、不安を振り払おうと意気込み勢いよく自転車のペダルを踏み込む。


風を切り、住宅地を駆ける自転車。気のせいか昨日とは違った空気のにおいが街中からしていたように感じた。


ナビアに着き、自転車を店前に置く。


ここからアルバイトがはじまるのかと緊張、不安が入り交じりながらも歩みを進め、自動ドアをくぐる。


「いらっしゃいませ~」


自動ドアの開く音に合わせて、声が発せられた。一番手前の商品棚の側面部分いわゆるエンドコーナーを整理していた周が挨拶した声だった。


「平さん、おはよう」


恐る恐る、彼女へ朝の挨拶をする。よくよく考えると初めて彼女の名前を呼んだ。


自然と入口に立っている理央の方を周が見ると


「お!来たわね。おはよう~!」


初めて会ったときのやや跳ね返りな印象とは逆に立ち上がりながらこちらに向かい明るく元気に返礼した周。






「ずいぶん、早くから働いてるんだね。始業は9時半だったような」


「私は自分でやりたいからやってるだけ。商品にほこりとかかぶってるの嫌だし、綺麗に陳列されている方がお客さんも目に留まりやすいし、従業員の見られ方や考え方も自然と伝わるわ」


「お店は自分をうつす鏡なのよ」


「へー、そうなんだ」


わかったような、わからないようなそんな返事の仕方を理央はした。


「私がいるからには理央を…じゃなかった泉さんを一人前の店員にしてあげる!」


「ありがとうございます。なんでいきなり『さん』付けにしたの?」


「会社の方針なの。コンプライアンスとか今は厳しいから徹底されるのよ」


「難しい話は分からないけど苗字呼びで『さん』付けすればいいんだ?」


「その通りです。さ!早く奥で着替えちゃって来なさい。お店でつけるエプロンがあるからそれを着用して。事務所の机の上にクリーニングされたものがあるからそれを使って。貴重品はロッカーに閉まって。もうロッカーに名前のシール貼ってあるからわかるはずよ」


「わかりました」

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