第11話

「少々お待ちください~」


「いまっちょっとトラブっちゃって~…」


若い女性の声がした。


「あの、調理器具で探し物があるのですが…」


理央が言葉に詰まったのと同時に目を魅かれた。






バックヤードから出てレジの横のスイングドアを開けて、こちらに寄った人物は同じ高校の制服を着ていた女子だった。どうやら蝶ネクタイの色から同じ学年のようだった。


それ以上に驚いたのはティーン雑誌の表紙を飾るようなスタイルと凛とした佇まいが印象的で、髪の色素が薄く茶髪に見える。


やや長めの前髪が額にかからない、ゆるふわボブヘア。


薄い眉毛、淡いピンク色の唇、足はすらっと長く、スカートは規定通りの長さなのだろうがファッションモデルのような腰の高さでその長さがより際立っていた。


身長160㎝程度だろうか。やや日本人離れしているような顔立ちで目の掘が深く、鼻筋が通り、あごのラインはきりっとしており、大きな双眼は欧米女性を思わせた。


かわいらしい髪形、端正な顔立ち、大きくきりっとした目が綺麗に顔の中で整っていた。






その女子もなぜかびっくりしたようだったが、


「どのお品物でしょうか?」


はっと落ち着きを取り戻し応対してきた。


「ケーキ作りに使うもので、ホイッパーだったかな?」


それなら、と彼女はそそくさと、また淡々と通路を進み目的の品物が陳列されている棚まで進む。それに理央がついていき、


「今あるものだとこれしかありませんがこちらでよろしいですか?」


「これで大丈夫です。」


2人がレジカウンターへ戻り会計をする。


理央がなんとなしに彼女に尋ねる。


「もう、アルバイトとかしてるんですか?」


四月の下旬。アルバイトし始めるにしては早々に始めたのだなと感じたため彼女に問いかけた。


「いろいろ事情があって、今は私がお店番をしてるの」


彼女はどうやらつっけんどんな性格らしかった。


「はい!」


彼女は品物をビニール袋に入れ、レシート、釣銭と合わせて同時に両手で渡してきた。


理央も両手で受取つつ、やや雰囲気の悪さを感じたが機嫌を伺うように話題を振った。


「ここアルバイト募集もしてるんですよね」


後に若干後悔することとなる必要のない気遣いをしてしまった。


「え!」


月並みの表現だが仏頂面の彼女は瞬く間に太陽燦々といったような笑顔を見せた。


「やった~!いつから来れる?今週末とかどう?」


「いや、まだ決めたわけじゃないんだけど、」






彼女は聞く耳をもたず、レジカウンターの下から何やら取り出し、


「はい。これ未成年がアルバイトするときに親御さんに許可もらう書類。口座情報と印鑑忘れないように。今度の土曜日に併せて履歴書もって、ここへ午後1時に出頭するように!来なかったら面白いことになっちゃうかも♡」


彼女は理央の片方に持っていたレジ袋に書類を押しこみ


「もう今日はちょっといろいろあるからまた今度ね、理央君!」


押し出されるように退店し五月雨式というか矢継ぎ早というか、一方的にアルバイト面接がセッティングされた。


ビニール袋に入れられた調理器具を片手にぶら下げながらなんとかもう片方の手に握りしめられたレシートと小銭を財布に入れ自らのカバンを持ち帰路に就いた。






「部活の買い物とさっきの店でちょっと疲れたな…」


そんなに人員不足なのか。少子化が叫ばれる昨今、アルバイトも強引に引き込むものなかと。


『面白いことになっちゃうかも♡』


この言葉がリフレインされる。


よくない噂を流される。


いじめにあう。


登校したら学校に椅子と席がない….等々


入学してから1か月もしないうちに出来上がってもいない学年カースト最下位にされたくはないと悪寒が走りつつ、アルバイトの内容を聞くだけ聞いてみようとなかばあきらめに似たものを抱え、できればかかわりたくないと思いを巡らせ、とぼとぼと歩く。


そういえば家庭科部に入部した時の徳子もそんな感じだったなと思いを巡らせ、あることに気づく。






「あれ?彼女に僕の名前呼ばれたぞ?」


確かに同じ高校の同学年だからと言って、まだ四月の下旬、入学してクラスの同級生の名前も朧気な人物もいる時期。きれいな子だったし、見ればすぐ気づくかと思っていたのだが、彼女の方が何かしらの理由で一方的に知っていたのかもしれない。と自己完結した。


あの店舗も彼女一人のようで平凡な生徒がいきなり込み入った店の事情に首を突っ込み琴線にふれたためのつっけんどんな当初の応対もなんとなく頷ける。


しばらく歩き、帰宅。


午後六時を過ぎていた。一軒家の玄関の戸を開け、足元を一瞥すると母が帰宅しているのが分かった。


「ただいま」


「遅かったわね。」


すでに母は夕食の準備をしており、香ばしいごま油のようなにおいがダイニングキッチンから立ち込めていた。


「部活の買い物を手伝ってたんだよ」


「もう部活決めたの?」


「うん。家庭科部」


「ふーん」


雅子は興味があるのかないのかわからないような口調でそれ以上は特に聞いては来なかった、がこちらにはアルバイトの許可をもらうという、できれば完遂したくないミッションを抱えていた。


「母さん。あのアルバイト考えているんだけどいいかな?」


「あの商店街のはずれにある調理器具のお店なんだけど」


「やっぱりだめだよね。入学したばっかだし」


間髪入れずにアルバイト許可に対するネガティブな意見を差し込み親の不認可を勝ち取る心理戦を繰り広げようと画策したが


「ああ。あそこだったらいいわよ。私が許可してあげる」


目もくれず、菜箸を振るう雅子を呆然と見つつ理央はアルバイト面接へと進むこととなった。






「『L’amour triomphe de tout.』」

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