第10話
「ありがとうございます」
動揺しながらも新しい情報を知り、今後の部活動に係る金銭の工面をしなくてはと考える。
「次はスーパーで卵とか買いましょうか」
「はい」
商業施設から最寄りのスーパーへと移動した。夕時ともあってか人が賑わっている店内。
理央は先ほどよりも落ち着いたが帆貴は何事もなかったかのように振る舞いがまだ気になっていた。
帆貴の様子を伺いつつスーパー内で食材を探していると
「泉君はどんなお菓子が好き?」
帆貴が唐突に問いかけてきた。
「自分は何でも好きですよ、和菓子、洋菓子、それと果物も好きです」
「あはは、そっか」
「次の機会にどんなものを作ろうか考えていたんですが」
「それであればあの大福がもう一度食べてみたいです」
「ありがとう、そういってもらえると料理をつくりたいって意欲が湧くね」
「私ね、料理って無限大だなって思うの」
「クッキー一つとっても、トッピングや作り方で様々なものが作れるでしょ」
「それにおいしい物を人に食べてもらって幸せになってくれるのがとれもうれしいの」
「みんなで食べれば話題が広がって話しあって、温かい空間が作り上げられるなって考えているの」
「もっともっと料理について学んで人を幸せにしていきたい」
「それが私の料理哲学」
帆貴が自らの料理に対する思いを嬉しそうに語った。爛々として、優しさがこもる雄弁にはどこか浮世離れしているように見え、理央は喜ばし気な顔に見とれた。
「だから料理について研鑽して知見を広げていきたのが今の目標」
理央は帆貴のきらめく表情を見て、憧れを感じた。
自分にはない将来の夢、理想をうらやましく思い、尊敬を抱いた。
「いきなりごめんね、自分語りをしてしまって」
「いや、すごく大切な想いだと思います」
「自分にはまだ夢とか展望とかがなくて先輩のような人にあこがれます」
「ありがとう」
理央は帆貴の先ほどの冷淡な雰囲気を忘れ温かな表情をのぞかせた彼女を尊敬した。
スーパーで必要な食材を集めて、会計を済ませそこを離れた。
「今日はありがとうね」
「これでお終いですか」
「うん、私は一旦学校に戻りますね」
「え?どうしてですか」
「食材を学校の冷蔵庫に入れてきます」
「そしたら自分も」
「泉君ここからだとちょっと家が遠くなるでしょ」
「今日は買い物手伝ってくれましたし十分ですよ」
「でも」
「こういうときは先輩の好意を受け取っておくものです」
帆貴はウインクしながら右腕を上げて人差し指を口元に持っていき笑顔で伝えた。
その様子に女神か天女の類かと理央は思った。
「わかりました。お言葉に甘えて、お先に失礼します」
「お疲れ様、明日おいしいケーキつくりましょう」
理央は持っていたレジ袋を帆高に渡しお辞儀をして、その場を離れた。
理央は帆貴の想いを聞き素直に理想を持った人をうらやましいと思った。
これまでは言われるがままに何かを行ってきて、成し遂げたことは何もない。
夢、理想、そんな言葉が脳内を巡った。いつか雅子が言った何かに打ち込んでみれば、という言葉がこんなタイミングで心に響く。
甘い物が好きといっただけで家庭科部に訪問し、入部を決めた。
その部活動で自分の想いを包み隠さず、後輩に将来の在り方まで語った先輩がいた。
言葉にならない、突き動かされる衝動にかられ、もどかしい想いが胸を締め付けた。
ブー、ブー
マナーモードにしてるスマートフォンのバイブレーション機能で着信を伝えている。
ディスプレイを見ると通信アプリ経由の帆貴からの着信だった。
すぐさま通話のボタンを押す。
「泉君?」
「はい、どうかしましたか?」
「ごめんね、一個買い忘れたものがあって、駅からちょっと離れた調理器具雑貨店にホイッパ―を買ってきてほしいの、いつも器具はそこで買っていてね、今部活で使ってるのが壊れちゃってて、頼めるかな?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとう!お店の住所を送るね」
「はい」
電話を切って数分後、住所が届いた。
地図のアプリを開き検索するとさほど離れてはいなかった。
目的の店舗へと移動する。夕時、会社帰りのサラリーマン、子供連れの主婦、買い物袋を携えたおばあさん、放課後帰りの高校生グループ。
駅前の商店がということもあり多くの人々が街を行きかう。
最近ではこの時間帯に街の商店街のメインストリートを訪れていなかった。
夕時の春風が心地よく新鮮な面持ちである。
地図アプリを確認しながら、指定された店舗の周辺をとぼとぼと歩く。
やや街のメインストリートのはずれに位置しており帆貴が言っていた店舗を発見した。
「なびれ?」
店舗の看板には【navire】と書かれていた。
シンプルではあるが出入り口にはよく見かけるティピカルな立て黒板が出ており(アルバイト募集)とチョークで描かれカラフルにデザインされたそのフォントが印象的だった。
「アルバイト募集してるんだ。…時給もそんなに悪くない。」
家庭科部に使う費用を捻出することを考えていたため、その立て黒板が気になった。
店の上方にはパステルカラーの看板が目を引かせる作りだ。
ショーウィンドウからはこれでもかというくらい料理器具が並べられていたのが分かった。自動ドアをくぐる。
入店するのは初めてだったが店の棚やフックに飾られた食器、調理器具、雑貨などは使ったことがあるものから、使い方が想像つかないものまで数多くの品物が陳列されていた。
コンビニ程度の広さがあり、店内にはジャズ調のBGMがながれ物珍しさに惚けながら店内を歩く。
目的のものを探しているとあることに気づいた。店内に誰もいない。平日で夕方ではあったが客はおろか店員もいないことに気づく。
レジカウンターまで行きバックヤードの方へ「すみませーん」と弱弱しく店員を呼びかける。
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