第1章 日本編

第3話 未来への第一歩

 ——昭和十三年 七月

 夜になりキャロルが帰った後、朝風は近い未来に起こる別れをを回避するための手段を思案していた。

 いち学生の朝風ひとりに軍部の開戦計画を阻止するのが現実的ではないことは明白だった。

 ならば国家さえも無視できない規模で人々を動かすことができれば……

 日本と米国というふたつの国の人々が手をとり尊重しあえる未来を掴めるはず。

 彼女が笑って過ごせる世界を手に出来るはずだ。

 窓辺では一輪の花が揺れる。キャロルがお見舞いにと持ってきたものらしい。

 朝風が目覚めるまでずっと側に居てくれたとも聞いている。

 「今度は必ず幸せにしてやるから期待してくれよな……」

 その為にも米国についてもっと多くのことを知ることから始めよう。

 より良い未来を掴むために。


 ——翌日

 朝風はキャロルに米国での暮らしを質問していた。

 「向こうでの暮らしは大体こんな感じね……で、なんなのこの質問?」

 「実は米国留学がしたいと思っているんだ」

 キャロルは一瞬嬉しそうな顔をするも、すぐにいつもの含みある笑顔へ切り替える。

 「夏が終わっても私と離れたくないってことね……気持ちわる……」

 確かにそれも正解だけど! てか気持ちわるってなんだよ! 酷えな!

 「違う! 米国文化を勉強しに行くんだよ」

 「どうだかね〜? まぁ、パパに留学を斡旋できないか聞いてみる?」

 そうしてキャロルの父であるロバート・ベネット氏に会うため港の洋館へ向かった。


 「何度見てもデカい豪邸だよなぁ」

 「あんたそれ毎年言ってるじゃない」

 朝風の呟きにキャロルは呆れた視線を向ける。

 煉瓦造りの大豪邸は迎賓館として利用されていた建物を買い取ったと聞いている。

 これから交渉に向かう相手が只者ではないと大豪邸を前に改めて思うのだった。

 「ただいまー、パパいる? アサカゼが大事な話があるんだって!」

 キャロルはエントランスの大きな扉を開けるとすぐに叫んだ。

 「普通、書斎に呼びに行くとかじゃね!?」

 「この家で探すのは大変じゃない?」

 突然の叫びに驚きを隠せない朝風にキャロルは当然でしょと言いたげな視線を送る。

 「じゃ、話終わったら私の部屋まで呼びに来るのよ?」

 キャロルが自室へ向かい歩き去ると、朝風は広いエントランスに取り残される。

 ええ〜、本当にあれで来てくれるのか……?

 「久しぶりだね、アサカゼ」

 よく鍛えられた体に上質そうなスーツを着た金髪の男性が颯爽と現れる。

 「ご無沙汰しております、ロバートさん」

 この男性こそがキャロルの父であり商人のロバート・ベネット氏である。

 また少し背が伸びたか?なんて世間話をしながら応接間へと案内される。

 これは世界を変える第一歩だ。

 朝風は気を引き締め応接間へ入った。


 ロバート氏は机を挟み向かい合い、どう切り出すかを考える朝風に値踏みするような視線を向ける。

 「悪いが今はまだお前の頼みを受け入れることはできない」

 開口一番に伝えられた言葉の衝撃に朝風は何も言えない。

 黙り込む朝風に少し苛立ちを覚えたのか、ロバート氏はムッとした表情で語気を強める。

 「聞こえなかったかい? 娘に今のお前は相応しくないと言ってるんだ」

 「……は?」

 なにこれ結婚の挨拶だと勘違いされてるよね? そんなことってある?

 「あの、ロバートさん……別に結婚の挨拶で来た訳じゃ無いんですけど……」

 ロバート氏は本当に違うのか?と言いたげな表情をした後ガハハとおおきく笑った。

 「ちなみに俺になにが足りなくての反対だったんですか?」

 意図せず聞かされることとなったキャロルに相応しくないという言葉が気に掛かった朝風は真面目に聞き返す。

 ロバート氏も朝風が本気で聞いていることを汲み取り姿勢を正した。

 「俺に大事な話があると会いにきたのに話を切り出すのを躊躇していただろう? 交渉相手を前にそんな隙を見せるようではきっと大切な物さえも守りきれないだろうと思ったからだ」

 ロバート氏は厳しい言葉とは裏腹に優しげな視線で朝風を見る。

 「もっと自分に自信を持て! ちゃんと良い男にお前は育ってるから。 小さい頃からお前を見てた俺が保証してやる」

 バシバシと肩を叩かれ顔をあげると朝風はロバート氏に頭を下げた。

 「近い未来に必ずキャロを貰いにきますから。 待っていてください」

 「まぁ、お前に決めるのは俺じゃねえからなんとも言えねえが、その時娘が連れてくるのがお前だったら俺は嬉しい。 期待してるぜ?」

 男二人は硬い握手を交わした。いつか来る未来を誓うように。


 「それで、今日はお願いがあってきたんですけど」

 「おう、なんでも言ってみろ。 俺に出来ることなら手を貸そう」

 「米国への留学を斡旋して欲しいんですけど可能ですか……?」

 ロバート氏は顎に手を当てて頭を捻る。

 「よし、うちで経営している学校に入れてやるよ」

 「ありがとうございます!」

 うちで経営している学校って……やはり只者ではないと改めて思うのだった。

 「キャロルと一緒だぜ? 好きな女の子と一緒に学校行くのは男の夢だよな?」

 朝風の脳内ではセーラー服に身を包むキャロルの姿があった。

 ……暗めの色味の制服に輝く金色の髪……白い肌に眩しい笑顔……悪くない。

 「おおっと残念、私服通学だから制服姿は見れないぜ?」

 妄想を見事当てられ現実まで知らされた朝風は気まずそうに笑う。

 「それは残念です……」

 「残念賞で住む場所は絶対気に入る所を手配してやるから楽しみにしてな」

 「何から何までありがとうございます!」

 朝風はもう一度深く頭を下げると応接間を出てキャロルの部屋に向かった。

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