第三章 桜色と白群-2

「酒木……本当に告白したほうが良いか?」


「何言ってんだよ……?」


「もし、百瀬が僕の事を好きじゃなかったら、断られたりしたら僕はどうすれば……」


 僕は、不安を打ち明けることにした。一人で抱え込むより、親友に打ち明けたほうが良いかと思ったからだ。でも、僕が想像していた答えと酒木が答えたことは、全く違っていた。


「じゃあ、断られたら百瀬ちゃんを振り向かせろ」


「は?」


「月島、入学してから約4ヶ月。百瀬ちゃんにアプローチとかあんまりしてこなかっただろ。断られるとしたら、多分そこだと思う。だから、断られたら百瀬ちゃんを振り向かせる為にアプローチしていけ。月島は色々考えて行動するタイプだから、悩んだんだろ。でも、まず行動に移さなきゃ。百瀬ちゃんも何か思ってるのかもしれないし。だから心配するな! 何より、俺が居るだろ?」


 最初は俯いて聞いていたが、段々得意げになっている酒木を見たら、何だか考えているのが馬鹿らしくなってきてしまった。


「うん……そうだな、ありがとう。酒木を見てたら何だか考えるのが馬鹿らしくなってきたよ」


「うん、ちょっと待て。最後の言葉は要らないんじゃないか葵君?」


「ほらほら、そんな事言わないで頼りにしてるんだから」


「え、あ、まぁな! よし、やるか!」


 本当に感情の行き来が激しい奴だ。それに、チョロすぎる。


「まず、月島は服をどうにかしよう。流石にデートでこの格好は不味いし、気合い入れようぜ! 月島小遣いとかどれ位ある?」


「ん? 嗚呼、ちょっと待ってくれ手帳に書いてあるから……今の所、こんな感じ?」


 どれどれ、と言いながら酒木が手帳を見る。だが、手帳を見た途端酒木の動きが止まった。


「どうしたんだ?」


「いや、どうしたんだ? じゃないだろ! 月島、何か買いたい物とか無いの? 最後に買い物したの何時だよ」


「昨日だ」


「嘘だろ!?」


 失礼な。真っ先に出てきた感想はそれだ。僕も人間だし、物欲位は有るというのに。酒木から見て僕はどんな人間なのだろうか。


「シャーペンの芯が無くなったから買ってきたんだ」


「そういうのじゃなくて、服とか、娯楽に使ったりは!?」


「……いや、無いな」


 はっきり言うと、再び酒木は頭を抱え込んでしまった。


 僕にとって娯楽というのは、少しかけ離れた存在だったからだ。今でも父から課題を出されるし娯楽なんてしている暇が無かったからだ。


「よし……月島、服買いに行こう。そんだけ小遣いあれば余裕で買い物できるし。じゃ、今から行こうぜ!」


 急に立ち上がり、ドアの方に歩いていく酒木を見て、唖然としてしまった。今から、買いに行く? まだ一週間も有るのに。そんなに急ぐものなのだろうか。


「酒木、今から行くのか?」


「? 時間無いし、今行かなきゃだろ」


「だって、まだ一週間も有るし……」


「いや、後! 一週間しか無いんだ! 行くぞ、全部俺が選ぶから!」


 腕を引っ張られながら無理矢理外に出され、僕等は隣の市に最近出来た巨大なショッピングモールに行くことになった。


 僕はそんな所と無縁だと思っていたから、行ったこともなければ人が多い場所にも行った事が無かった。それなのに、酒木は随分慣れているようで歩くのも早く追い付くのに苦労してしまった。


「よし、じゃあ最初は俺が気に入ってる店な! その次は……」


「ちょ、ちょっと待て!」


 流石に静止の声を上げたが、酒木は何のことだか分かってないみたいだ。頭にクエスチョンマークが見える。


「いや、一店舗だけじゃ駄目なのか? 服なんて一店舗周れば十分だろ……」


「月島!? はぁ……分かった。もう何も言うな、俺に任せておけ! ただ、ずっと着いて来いよ、文句も言うな」


 腕を引っ張られながら無理矢理連れて行かれ、僕は何も言えなかった。何か言おうとしたときには、もう酒木の着せ替え人形にされていた。


 酒木はファッションセンスが良くて、僕に様々な服を着せてきた。僕が何時も着ないような服ばかり選んでいて、流石に焦ってきた。僕には到底似合わないような服だったから。でも、「文句を言うな」と言われたからには黙っているしかない。


 相当変な顔をしていたんだろうか、酒木に「もっと笑顔でいろ」と怒られてしまった。でも、望まないで連れてこられて、その上着せ替え人形みたいに扱われたら、100人の内少なくとも半数は気に食わない顔でいるんじゃないだろうか。そう思うのは、僕だけなのだろうか。


 そんなこんなで、ようやく僕が酒木の着せ替え人形から開放されたのは、夜の18時過ぎだった。僕等がショッピングモールに着いたのが14時過ぎだったから、約4時間も買い物をしていたらしい。今日だけで、僕にしてはかなりの金額を使ってしまった。貯金している金額の約1割を使った位だが、僕の買い物約1年分の金額を今日だけで使ってしまったなんて。会計の時、金額を見たときは目が飛び出そうだった。


「酒木」


「お? 何だ」


「買い物付き合ってくれてありがとう」


「俺が付き合わせたんだけどな。でも、服買えてよかったー! 月島が服に無頓着そうなのは予想してたけど、まさか全部同じ服しか無いとは」


「……何か食べるか? もう夕食の時間だろ」


「良いね! 何食う? どうせだったらファミレス行って食べようぜ。安く済むし! てか月島、家大丈夫なのか? 親に何か言われるんじゃ……」


「僕は大丈夫だ。今日も帰って来ないだろうし。それより酒木の方は?心配するんじゃないのか」


「俺の方も全然平気! 親に夕飯食って帰ってくるって言ってきたし!」


「……は?」


「俺最初から月島と何か食べて帰る予定だったから」


「はぁ……まぁ、取り敢えず食べに行こうか。酒木、何処で食べたい? 僕は外食とかしたことないから、酒木が店を選んでくれ」


「え、外食したことねぇの!? 初めて見たわそんな奴。よし、俺が美味しい店に連れて行ってやろう! ファミレスだけど」


 意気揚々と歩き出す酒木に着いていきながらショッピングモールを出ると、まだ完全に沈みきっていない夕焼けの色と紫色が混ざった空が見えた。一つ瞬いている星を見ながら、僕は百瀬の事を考えた。


 残り7日。僕の気持ちを伝えるまでの時間だ。僕は、本当に伝えられるんだろうか。まだ、不安と恐怖しか無い。こんな意気地なしな僕を知ったら、百瀬はどう思うんだろう。「意気地なし」って笑ってくれるだろうか。それとも、「頼りない」って振られるのだろうか。


 いや、そんなの嫌だ。


 残り7日。僕の気持ちを無事に伝えられますように。瞬く星に願いを込めた。

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