第三章 桜色と白群-1

 ジリジリとした暑さで茹だってしまう様な夏。騒がしい蝉の声。全てが完璧と言うような、完璧な夏だ。


 中間テスト、期末テストを無事に終え、ようやく終業式を迎えた僕等は、待ちかねていた夏休みに心を踊らせて、クラスの挨拶が終わると同時に足早に帰っていった。僕もそのうちの一人だったのだが。


 そして、今に至る。僕は何時もと同じく、百瀬と一緒に帰路に着いていた。


 そこで僕は、百瀬に尋ねようか、尋ねないか迷っていることがあった。それは、中間テストの時に言った、ご褒美の事についてだ。


 結局あの後、百瀬は何か言いかけて「やっぱり、期末テスト終わってからにする」と言ってそのまま二人で帰った。だから、今日百瀬に聞いてみようと思うんだが、中々言い出せずにいた。


「葵君」


「何?」


 唐突に百瀬が声を掛けてきたので、声が裏返りそうになったが、平然を装い落ち着いて聞く。


「あの、ご褒美、私まだ言ってなかったよね?」


「嗚呼、そうだね。決まったのか?」


 まるで、今気付いたかのように振る舞う。百瀬には、勘付かれて無さそうだ。


「うん……あのね? 夏休み、私と一緒に、お祭り行かない?」


「お、お祭り……」


「うん、駄目?」


 全く予想していなかったことで、焦る。てっきり、「何か買って欲しい」とか、そんな事だと思っていた。だから、返事に少し手間取ってしまった。


「あ、いや、うん……駄目じゃない。良いよ。行こうか、お祭り」


 百瀬は、キョトンとした顔で僕を見つめる。それが数秒続いて、ようやく百瀬が話してきた。


「本当に、良いの……? 断られるかと思った」


「何でも聞いてあげるつもりだっから、良いんだよ」


「う、うん! 楽しみだな、お祭り」


 百瀬がとても嬉しそうなので、僕も嬉しくなってくる。


 夏休みも、百瀬に会える。そんな考えが、特に頭の中で渦巻いている。9月まで、百瀬に会えないと思ってた。でも、その前に百瀬に会える。それだけで、僕は胸が高鳴ってしまっていた。


 その後、百瀬を家に送るまで連絡先を交換したり、何処の祭りに行くのか話したりした。


 結局決まったのは、近所の神社で毎年行われる花火大会だった。余り大きな祭りではないが、十分楽しめるものだと思う。日にちは、7月28日の土曜日だった。18時頃、僕が百瀬の家の前に行くことに決まった。


 百瀬が家に入っていくのを見届け、僕も家に帰る時に考えた。僕は、女の子と、しかも好きな子と出掛けたことなんか一度も無い。一体どうすれば良いのか、僕は混乱することになった。そこで、一番相談しやすい奴に相談することにした。今日は、7月20日。出来れば早い方が良い……確か、彼は土曜と日曜は部活が無かったはず。明日、相談しよう。そう心に決め、『明日相談したいことがある』と言って予定を取り付けた。後は、相談してどうするか決めるだけ。



「……はあ!?」


 静かな僕の部屋。だったのに酒木が来てからぼくの部屋は騒がしい音がするようになってしまった。まあ、相談相手に酒木を選んで僕の家に連れてきてしまったのがまず問題だったが。幸い、両親は仕事の為家に居ないことが良かった。こんなに騒いでいたら、何を言われるか分かったもんじゃない。


「何だよ。そんなに驚くことじゃないだろ」


 勿論、話したことは昨日の話だ。相談することは、それしかない。ただ、話したら酒木はとても驚き動揺していた。僕だけが何故なのか分かっていなかったらしい。


「月島! お前っ、そんな淡々と話すことじゃないだろ!? どうすんだよ、後一週間だぞ!?」


「分かってるから相談してるんだ。どうすれば百瀬を喜ばせられると思う?」


「何でそんなに冷静で居られるんだ……喜ばすことも大事だけど、もっと大事なことがあるだろ!」


「……! 僕、百瀬と出掛けるのに着ていける服持ってないな」


 僕は真面目に答えたつもりだったが、酒木は頭を抱え込んでしまった。何か間違っていたんだろうか。


 僕は、服に関しては無頓着な人間だ。今日、酒木の私服を見て僕とは全く違う人間だと思った。


 酒木は、ダボっとした黒に近いジーンズに、少し柄が付いている白い薄手のTシャツと、ゆったりとした白いシャツを羽織り、黒のサンダルを履いて来た。そして明るい声で「月島ー、昨日ぶり!」何て言ってきた時、一瞬『誰だろう』と考え込んでしまった程だ。一方僕は、白のシャツに黒のスラックスという、学校の制服の様な服装だ。因みに、冬はこの格好にセーターがプラスされただけ。だから、僕の私服は一年間通して殆ど同じ服しかない。そのことを話してみたら酒木にこれでもかと言う程笑われた。


「あのな、月島? 確かにお前は百瀬ちゃんと出掛ける前に服を買った方が良い。でも、大事なのはそこじゃないんだよ! 月島、百瀬ちゃんの事どう思ってる?」


「好きだ」


 こんなに早く自分の口から言葉が出るなんて、自分でも驚いた。


「そうだよな? じゃあ、やることは一つ! 百瀬ちゃんに告白するんだ!」


「え……」


 酒木が何を言ったのか、理解するのに数秒かかった。百瀬に、告白? 理解した途端、顔が熱くなってくるのが感じられた。


「こ、告白なんて、まだ、早すぎるんじゃないか?」


「いや、これは一世一代の大チャンスだ! 逆にこのチャンスを掴まないでどうする!? 絶好の機会を逃すわけにはいかねぇ……俺に任せろ! 服とかは俺が選ぶしさ、じゃあ早速作戦を練っていこう」


 僕が、百瀬に告白。


 僕は自信が無かった。理由は、百瀬は僕の事が好きだっていう確証が無かったから。僕だけが好きで、百瀬が僕の事を好きじゃなかったら、断られたら、僕は百瀬と話すことが無くなってしまうかもしれない。そしたら、ずっとこの気持ちを言わないほうが良いんじゃないか。そう考えてきたから、僕は素直に喜べなかった。

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