第二章 君が居た世界-6

 今日もいつも通り、酒木と百瀬と過ごして終わった。


 僕は予定通り百瀬に勉強を教えるために放課後の教室に残っている。


 酒木は部活で忙しいため、基本的に放課後残っていることはない。つまり、僕は中間テストまで放課後は百瀬と二人きりということになる。


 (……いや、あまり考えないでおこう)


 人が居ない教室の中に差し込む暖かい光がやけに眩しい。


 ふと、後ろに誰かが居る気配がした。ゆっくり振り向くと、百瀬が居た。


「あ……葵君! お、お待たせ」


「うん。別にそこまで待ってないよ。じゃあ、始めようか」


「あ、え!? うん……」


 百瀬が僕の隣に座り、ノートと教科書、ワークを出していく。予め用意していたノートと教科書を僕も広げていく。百瀬の準備が整ったぐらいのタイミングで「じゃあ、始めようか」と声をかけようとしたとき、初めて百瀬がこっちを見つめていることに気が付いた。


「百瀬、どうしたの」


 僕が尋ねると同時に百瀬もこっちを見つめたま返してきた。


「葵君、さっきの、なんとも思わなかった?」


「え……嗚呼、別に」


 一瞬、何のことだか分からなかった。少し考えて、さっき百瀬が後ろに立ってたことだと思った。それ以外、これといって何もなかったからだ。


「あ、うん。そっか。葵君のこと驚かしてみたいなって思ったんだけど、上手く行かなかったな」


 百瀬は少し恥ずかしそうに笑いながらそう言った。


「そうだったのか? でも少し驚いたよ」


「え? 噓だ、全然驚いてなかったじゃん! 嘘でも良いから驚いた振りしてほしかったな。なんて」 


 少し申し訳無さそうな顔をしている百瀬を見ると、僕もとても申し訳無い気持ちになった。でも、それを正直に伝えられないのが僕だ。


「そうだったのか……まあ、取り敢えずそれは置いといて、勉強しようか」


 自分でも、もっと気の利いた返事ができないのかと、言ってから思った。余りにも素っ気なさ過ぎる返事だった。百瀬は、どう思っただろう。嫌な思いをさせてしまったら、僕はどうすればいいんだろう。


 一人であれこれ考えていると、百瀬が笑っていることに気がついた。


「百瀬? どうしたんだ」


「だって、葵君一人で百面相でもしてるみたいで、面白かったんだもん」


 ずっと、「ふふふっ」っと笑っている百瀬を見ると、僕もつられて笑えてくる。


「そんなに面白かったか?」


「うん、何考えてたの?」


 僕は、その時なんて答えれば良いのか分からなかった。それに、言ってしまうのも少し照れくさい。


「そうだな……今日の勉強の進み具合によって教える」


 少し意地悪をして言うと、百瀬は何も喋らず、真面目に勉強を始めた。もしかして、本当に信じたのかどうかは分からないが、僕はこのことを話すつもりはない。


 きっと、このことを話してしまえば、どんなに鈍感な人でも僕が百瀬のことが好きなことが分かってしまうから。そして、百瀬も僕の気持ちに気づいてしまうと思うから。

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