第二章 君が居た世界-5

「あっ、そうだ葵君。1限目って数学だったよね? 早速で申し訳ないんだけどちょっと教えてくれない? 今回難しくって……」


「嗚呼、良いよ」


「本当!? 良かった」


「おっ! 月島が即了承するなんて珍しいじゃん! 何時も何か言い訳してから了承するのに。じゃあ俺にも数学教えてよ葵君!」


「酒木も良いぞ。百瀬、一人増えるけど平気?」


「うん! 私は平気! 準備してくるね」


「酒木、お前も準備しろ……酒木?」


 一体どうしたのだろう。何時も騒がしい彼が一言も発さず、目を見開いて固まっている。さっきの百瀬と姿が重なり少し焦ってくる。


「なぁ、酒木本当にどうしたんだよ」


「……月島、俺さっきの百瀬ちゃんの気持ち分かったわ……」


「は?」


 一言で言うと、驚いた。突然何を言い出すかと思えば。


「月島、これからあんまり笑うなよ。微笑むのもな」


「急に何だよ……」


「月島、お前無自覚だな。厄介だ……兎に角、百瀬ちゃんと話してる時有りがちな優しく微笑む感じ、あれ他の人の前ではやらないように。じゃないと他の女子がどんどん月島に惚れていく。俺も男じゃなかったら惚れてたわ」


 僕は驚いて何も言えなかった。でも、酒木の真面目な話し方からして、本当のことなんだろうか。ただ、微笑んだだけで女の子は直ぐにその人のことを好きになるのだろうか。疑問ばかりが浮かんでくる中、百瀬が小走りで駆け寄って来た。別に走らなくてもいいのに。


「葵君お待たせ!」


 まだ少し落ち着かない中、百瀬が明るく話しながら席に座った。


(深呼吸でもするか……)


 一度呼吸を整えると、少し落ち着いてきた。


「……どこが解らないの」


「えっと、ここら辺かな」


「あっ、俺まだ準備してねぇ」


 酒木がバタバタしていたが、無視して百瀬に教える。


「これは、この公式を使ってみて」


「うん」


「月島、俺ここ解んねぇ」


「そこは、前のとこの応用だから……」


 教えることは良いことだと僕は思う。教えれば、教えた分だけその人は理解できるようになる。教える側は、自分の復習にもなるから、お互いメリットが多いはずだ。


 百瀬も酒木も、教えれば教えた分だけ、いやそれ以上出来るようになっていくから、こっちとしてもやる気が出てくる。二人共、「出来ない」と言いつつも、ちゃんと範囲は分かっているし、どんな公式を使ってどうやって解くかも分かっているようだ。ただ、二人は応用問題になると躓くらしい。基礎はしっかりできている。これから応用問題を繰り返し解いていけば中間も大丈夫そうだ。


「なぁ、二人共……」


「おはようございます、皆席着け!」


 二人にその事を話そうとした瞬間、坂井先生が入ってきた。先生は今日も普段通りみたいだ。


「あっ、葵君、教えてくれてありがとう! 今日も一日頑張ろうね」


「月島ありがと! また数学教えてくれよ!」


「……ああ」


 どうしたものか。二人に言うタイミングを失ってしまった。


(まあ、授業が終わってからでもまだ間に合うか)


「よし、じゃあ今日の連絡は……」


 僕は先生の話を聞き流しながら、放課後は百瀬にどうやって数学を教えるかを考えていた。

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