第52話 村長

 歩いていくと何軒かの家屋が集合している住宅地にたどり着き、その中の一軒の家の前で蝶舞さん達の足が止まった。


 ここが村長の家らしい。


 周りの家とはそれほど変わらない大きさで、しいて違う所をあげるなら、敷地内に大きなガレージのような建物がついている事だった。


 彰影くんが「こっちだよ」と言って、家の方ではなくガレージへと案内する。


 そして建物へ向かって大きな声で呼びかけた。


「父さーん!蝶舞姉ちゃん達だよ!出てきてよー!」


 するとその声によって一人の男性が出てきた。


 痩せ型で油で汚れたツナギを着ており、顔立ちがどことなく彰影くんに似ている男性だ。


 どうやらこの人が村長のようだ。


 彼はやってきた俺達へ丁寧な口調で言った。


「おはようございます。蝶舞さん、シズさん・・・そちらの方は?」


 村長さんが挨拶もそこそこに俺について尋ねてくる。


 それに蝶舞さんが応えた。


「えっと・・・この人は風音さんと言って、海岸に流れ着いてたのを見つけたんです。それで目を覚ましたんですけど、いく所がないらしくて、この村に置いてあげられないかなぁ、と思って・・・」


「はぁ・・・海岸に、ですか・・・?」


 蝶舞さんの説明に村長さんが困惑した声を出す。

 そして少し思案するように頭を掻いた後、苦笑いを浮かべて言った。


「まぁ、蝶舞さん達の頼みですし、こんな時代ですからね。事情は人それぞれあるでしょう。分かりました。風音さんでしたか、私はこの村の村長をやってる大道細矢おおみちほそやと言います。どうぞよろしく」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 村長さんが頭を下げたので俺も同じように頭を下げてお礼を言った。


 それから村長が俺へと聞いてきた。


「それでは・・・あなたの"能力"がどんなものか教えて下さい。一応、村人の事は把握してないといけませんので」


「・・・」


 いつか聞かれるとは思っていたが、俺の"能力"はどんな風に答えるのが正解なのだろう?


 素直に言うべきか、それとも隠すべきか。


 俺は一瞬迷って、そしてこう言った。


「俺の"能力"は『身体が丈夫になる能力』です。こんな身体じゃ説得力もないと思いますが、疲れにくくなったり、怪我が早く治ったりします。海を漂っても死ななかったのは、多分この"能力"のお陰だと思います」



 嘘は吐いてない。


 自分の体調からしてこの"能力"が俺の中にあるのは間違いない。


 ただ――


 ""


 それだけの事だ。



 俺の説明を受けて村長はこちらの左目と右手を見た。

 それからまた頭掻いてから言った。


「なるほど、分かりました。ちなみに私の"能力"は『身体を細くする能力』です。使うとこんな風になります」


 村長が自分の人差し指を出す。


 すると彼の指は絞られるようにどんどん細くなっていき、最終的に針のような細さになった。


「この"能力"意外と便利でして、機械の内部の普通では入らない所にも指が届くんですよ。これを使って機械修理の仕事をしてたらいつの間にか人が集まって、気づいたら村長になってた訳です」


「そうですか」


 村長さんの話しに応える。

 それから老婆が言った。


「それじゃあ蝶舞は、鈴斗を連れて先に畑へ行っておくれ。私は村長と少し話してから行くよ」


「うん。行きましょう、風音さん」


「はい」


 俺は蝶舞さんの言葉に頷き、村長宅を去ろうとする。


 その時、村長から声がかかった。


「あっ、待って下さい。ついでに彰影も連れて行って貰えますか?ほっとくと"能力"の練習ばかりでちっとも手伝わないんですよ。蝶舞さんがいれば逃げないと思いますから」


 そう言って村長は首根っこを掴んだ彰影くんを俺達へと差し出した。


 差し出された彰影くんは凄く嫌そうな顔をしている。


 蝶舞さんはそれに苦笑いを浮かべながら言った。


「分かりました。行こっか、彰影くん」


「はぁーい・・・」


 彰影くんが顔と同じぐらい嫌そうな声を出して蝶舞さんについていく。


 俺はもう一度村長に頭を下げてお礼をすると、二人の後を追いかけて村長宅を出て行った。



 ◆◆◆



 鈴斗達が去った後の村長宅――



「悪いね、厄介事を抱え込んで・・・」


 玄関先に腰掛けた老婆が村長へと謝る。

 だが村長は「いいんですよ」と一言言うと、一枚の封筒を差し出した。


「これ。前回分の報酬です。納めて下さい」


 老婆は村長から差し出された封筒を受け取ると中身を見ないで彼へと返した。


「いつも言ってるが、報酬は村の備品を買うのに使っておくれ。あの子もそれを望んでる」


「そうかもしれませんが、これは蝶舞さんとシズさんへの報酬なのでちゃんと断りをいれないと使えませんよ」


「真面目だねぇ・・・」


「それだけが取り柄ですから」


 村長は「ありがたく使わせて貰います」と言うと封筒を丁寧にしまった。


 それから少しだけ世間話をして、間が空いた時に村長が独り言のように呟いた。


「報酬を受け取る時に聞いたのですが・・・どうやら最近の『反乱軍』はだいぶ押されているみたいです。まだ日本アルプスを盾に抵抗はしてますが、富山は既に陥落、新潟も遠からず・・・といった戦況のようです」


「・・・そうかい。奥さんは?」


 老婆の問いに村長は首を横に振った。

 それから諦めたように言う。


「元々、覚悟はしてました。それより決着が着いたら、ここも少し荒れるかもしれません。逃げてきた人や捕まった人が東北にくるでしょうからね。シズさんも用心しておいて下さい」


「ふん。こんな婆の守るものなんてあの子ぐらいさ。それも今は私より頼りになるものがついてるからね」


 老婆の言葉を受けて村長の頭の中に先ほどの青年の姿が浮かぶ。


 閉じた左目に、切り落とされたような右手。


 それだけでも異様ではあったが、何よりも村長の目をひいたのは彼の目だった。


 彼の右目は、死人の方がまだ生気を感じるくらいにどんよりと黒ずんでいた。


 だというのに彼の目はまだ死んでいなかった。


 黒ずみながらも爛々と輝いていた。


 あれはきっと、



 ――狂気――



 そう呼ぶものなのだろう。



「信用してるんですか?風音さんの事を」


 村長が老婆に尋ねる。

 その質問に彼女は肩をすくめた。


「あれは蝶舞の顔を見ても全く動じなかった。見た目で判断しないなら、私にはそれだけで十分だよ」


 そう言うと老婆は立ち上がる。

 そのまま玄関から外へ出て行こうとしたが、扉に手をかけた時、首だけを村長の方へ向けた。


「そういえば・・・『反乱軍』の頭の名前ってなんだったかね?珍しい名前だったのは覚えてるんだが・・・」


「もう、シズさん。呆けるには早すぎますよ。ほら、さんです。御薬袋椿みなえつばきさん」


 村長からその名前を聞いた老婆は「ああ」と納得がいったように声を漏らした。


 そして村長に礼を言うとそのまま畑へと歩いていった。

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この命果てるまで エビス @ebisu01

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