第42話 龍

「お兄ちゃん!」


 私はお兄ちゃんに駆け寄り身体を抱き起こす。


 お兄ちゃんには、まだ意識があったようで私に起こされると咳き込むように笑って言った。


「はっ、ははっ・・・あいつが一撃か・・・やっぱ俺なんかとは違うな・・・」


「どうでもいいよ!そんなの・・・っ!」


 この期に及んでまだ自分を卑下するお兄ちゃんに怒ろうとする。


 その時、気がついた。


 お兄ちゃんの右手の肘から下が失くなっている事に。


 私の視線に気づいたお兄ちゃんが右手を服の中に隠した。


「かすり傷だ。気にする事じゃない。それより早く脱出を・・・」


 しかし私はそんなお兄ちゃんを押さえつけ、仰向けに押し倒した。


「ちょ・・・!」


 押し倒されたお兄ちゃんが何か言おうとする。

 だがその前に私が叫んだ。


「かすり傷な訳ないでしょ!目だってまともに手当てなんかしてないのに・・・!いいから横になって!」


「でも・・・」


「寝ろ!!!」


 私はまだ何か言おうとしたお兄ちゃんに向かって怒鳴る。


 それを受けてお兄ちゃんの身体が固まったので、彼が着けていたポーチを剥ぎ取った。


 お兄ちゃんがポーチの中に医療品を仕舞っていたのは、さっき真司達を治療していた時に見ている。


 私は剥ぎ取ったポーチの中を漁ると包帯やガーゼ、切り傷用と書いてある薬を取り出した。


 さらに自分の"能力"を使って綺麗な水を生成すると、それでお兄ちゃんの傷口を洗った。

 それから薬を塗り、ガーゼと包帯で傷口を保護する。


 薬の効き目が良いおかげか、あっという間にお兄ちゃんの出血は止まった。


 失った血は戻らないが、直ぐに死ぬ事はないだろう。


「取り敢えずこれで大丈夫・・・それじゃあ今度こそ逃げるよ、お兄ちゃん」


 私はそう言うとお兄ちゃんの身体を持ち上げ、肩を貸して立ち上がらせる。


 お兄ちゃんは顔を少しフラつきながらも立ち上がる。


 そして顔を青ざめさせながら言った。


「神奈川方面へ逃げるぞ。そこからトンネルを通って千葉まで行こう・・・」


「千葉?」


 私が聞くとお兄ちゃんが頷く。


「千葉にはここより安全な場所があるんだ。問題はどうやってトンネルまで行くかなんだが・・・」


 お兄ちゃんが考えを巡らせるような顔になる。


 そんな中、私は言った。


「・・・それなら大丈夫だよ」


「えっ?」


「真司に乗っていけば直ぐだよ。トンネルなんて通らなくてもね」


 私の言葉にお兄ちゃんが首を傾げる。

 意味がよく分かって無さそうだ。


 だけど、多分もうすぐ分かると思う。


 だって真司の"能力"は・・・


「「っ!」」


 その時、都庁の外で銀色の光が発生した。


 お兄ちゃんが窓ガラスから差し込むその光から私を庇うように前に出る。


 でもその光が何なのか知っている私は、自分の"能力"で生成した水を鞭のようにしならせ通路の窓ガラスを薙ぎ払って破壊した。


「何やってんだ!?」


 お兄ちゃんが驚いたように声を上げるが、私はそれに冷静に返した。


「良いんだよ。あれが真司の"能力"だから」


「は?」


「真司の"能力"は『龍になる能力』なんだよ。空も飛べるし、口から炎も吐く。龍っぽい事はだいたいできるよ」


 私達が話している間に光は形を取り始め、銀色の鱗を持つ大きな龍となった。


 龍は咆哮を上げると翼を広げ宙に浮かぶ。

 そして私が割った窓ガラスに大きな手を伸ばしてきた。


「行こう!」


 私はお兄ちゃんを引っ張り、差し出された龍の手へと乗り込む。


 龍は手に乗った私とお兄ちゃんを大事そうに抱えると私達がいた階から離れ、そのまま都庁の前にある都民広場へと向かった。

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