第39話 炙り出す
通路を進み続けると『特別会議室』と書かれたプレートが張ってあるドアを見つけた。
どうやら『特別会議室』は、結衣達がいた大会議場よりも幾分か小さい部屋のようで、連中は相変わらず見張りの一人も置いていない。
どうやらここまで侵入されるとは思っていないらしい。
要は油断している訳だが、それは俺達にとって最大の味方であった。
俺とじいちゃんは、静かにドアへと近づき、耳を当てて中の様子を探った。
ドアの向こうから話し声は聞こえてくる。
だがそれも微かにしか聞こえず、内容や性別、人数などとても把握出来ない。
きっと部屋の防音がしっかしているのだろう。
俺はドアから耳を離し、じいちゃんと目を合わせる。
じいちゃんは手で一度ドアから距離を取るように指示してきた。
それに従い、俺達はドアから距離を取る。
ある程度離れた所でじいちゃんが口を開いた。
「人数が分からない以上、さっきみたいに迂闊に突撃する事は出来ん。お前も安易に突っ込むな」
「分かってるよ・・・でもどうする?このままだと時間が過ぎていくばかりだ。連中の混乱が収まったら終わりだ」
俺がそう言うとじいちゃんは、難しい顔をした。
「何とか奴らをあの部屋から炙り出せれば良いんだが・・・」
炙り出す。
その言葉が、何故か俺の頭の隅に引っ掛かった。
何か、都合の良い物があったような・・・
俺は担いでいたバッグを下ろし、中身を漁る。
予備の刃や矢などといった武器の他に緑色のボトルが目に付いた。
それは、橋の前で松明をくれた男性から一緒に渡された灯油の残りだった。
松明はトンネルの中に置いて来てしまったが、使い切れなかった灯油はそのままボトルごとバッグに入れたままだった。
俺は、バッグから緑色のボトルを取り出す。
中身はまだ結構残っているみたいだ。
取り出したボトルをじいちゃんに渡す。
じいちゃんは、訝しみながらもそれを受け取り蓋を開ける。
そして漂ってきた灯油の匂いに唇の端を吊り上げると、俺の方を見た。
◆◆◆
「あー、クソ・・・ムカつくなぁ・・・!」
白いスーツに身を包んだ男――ジャックは会議室の中央にある、円卓になった机に足を乗せ、煙草を吸いながら呟いた。
その苛立ちを察した彼の部下が恐る恐る尋ねる。
「あの・・・下でなんかあったんすか・・・?」
「なんかじゃねぇよ、クソが!」
聞かれたジャックは、その苛立ちをぶつけるように部下に向かって吸いかけの煙草を投げつける。
そのまま舌打ちしながら言った。
「ちょっとデカイ音がしたからってイチイチ騒ぎやがって・・・!どうして俺があんな連中のお守りなんてしないといけねぇんだ?ライオウ様は、何で俺を連れて行かねぇんだ?俺が一番あの方の役に立つのによぉ・・・!」
ジャックが机から足を下ろし、かかとを激しく小刻みに揺らして貧乏ゆすりをする。
その様子に煙草を投げつけられた部下とは別の部下が声を上げた。
「そ、それは・・・やっぱりジャックさんを信用してるからじゃないっすか・・・!ここはあの方の本拠地ですし・・・」
部下としては、ライオウに頼られている事を自覚させてジャックの機嫌を治してもらうつもりだった。
だがジャックは、発言した部下にギョロリと視線を向けると無造作に手刀を振るった。
部下の頭の上を飛ぶ斬撃が掠め、会議室の天井を切り裂き、掠めた部下が尻餅をついて倒れる。
そんな彼を椅子から立ち上がったジャックが足蹴にしながら叫んだ。
「信用なんて!当たり前だろうが!俺が!あの方の!一番!俺が!あの方の!右腕!誰にも渡さん!分かったか!」
叫びながら何度も、何度も、部下を蹴りつける。
そして最後に倒れたままの部下に唾を吐きつけ、椅子に戻った。
戻るとスーツのポケットから新しい煙草を取り出して口に咥えて火をつける。
暴力と煙の力でジャックの苛立ちは少し収まった。
そうして落ち着いたジャックに、今度はメガネを掛けた神経質そうな男性――七原が嫌そうな表情で話しかけた。
「それで・・・あの高校生四人はいつまで痛めつけるんだ?ライオウ様から『殺すな』と厳命されてる以上、もう止めた方がいいんじゃないか?それに
「あぁ・・・!?あんな『焼き鳥』コンビにビビってんのか?そもそもライオウ様は、『殺すな』って言っただけなんだから、殺さなきゃ何してもいいんだよ!」
ジャックの意見に七原は、「いや、そんな訳ないだろう・・・」と思ったが、口には出せなかった。
それを言えば、折角少し落ち着いたジャックがまたキレるだろうし、それに奴が苛立っている理由は、下の騒ぎの事だけじゃない事を察していたからだ。
ライオウ様がわざわざ『殺すな』と言ったあの高校生の四人組。
それがジャックの苛立ちの種だった。
あの四人は今、ジャックの部下によって陰湿な拷問を受けて入る。
男の方は、殴る蹴る、火を近づける、重い物を上から落とす、といった打撲や火傷によって痛めつけられ、女の方は、それを見せつけられたり、男達への拷問に強制的に参加させられたりして精神的に追い込まれている。
もしかしたらもうすぐ音を上げて、ライオウ様に恭順するかもしれない。
だが、それがジャックにとっては困るのだ。
何故ならあの四人は、強かったからだ。
無敵とも思えるライオウ様の身体に手傷を負わせ、本気になったライオウ様を最後まで手こずらせた。
勿論、ライオウ様が勝ったのだが、四人ともジャックより強力な"能力"者なのは間違いない。
そしてライオウ様は、『力』を示す者を気に入る人だ。
あの人がわざわざ『殺すな』と命じたのは、あの四人だけだし、彼らが配下になるのなら、敵だったとはいえかなりの高待遇で迎える筈だ。
そしてそうなると、ジャックの立場が危うくなる。
ジャックは現状、ライオウ様の配下でNo.2の地位にいるが、もし自分より"能力"が優れているあの四人が高待遇で配下に加われば、どうなるか分からない。
要は、ジャックからしたらあの四人は目障りなのだ。
死んでくれた方が都合が良い。
そして殺すなら反抗的な上に"能力"を封じていて、尚且つライオウ様のいない今が絶好のチャンスだった。
だからこそライオウ様の指示を拡大解釈し、捕虜の管理をしている自分すら脅してあの四人を拷問にかけ、その最中の事故で殺そうとしている。
そして、それをやってるのはジャックの部下であって本人は拷問に参加すらしていない。
殺した時は、あくまで部下がやり過ぎて殺してしまった、という言い訳する為だ。
頭が回るやり方だが、一つだけ誤算があった。
ジャック自身の部下が律儀過ぎたのだ。
ライオウ様から厳命されている手前、ジャックもはっきりと『殺せ』とは言えないので『痛めつけろ』というすごく曖昧な命令を出している。
部下達はそれを律儀に守って、殺さないように陰湿な拷問を続けている。
彼らからすれば命令を守っているだけなのだが、実際はジャックからすれば何でも良いから早く殺して欲しいのだ。
だから、思惑を理解しない部下達へのイライラが募る。
そして部下達の方はそれを見て、自分達の痛めつけ方が足りないと勘違いし、より凄惨な生き地獄のような拷問をあの四人へ行う、というループが発生していた。
(やられている方は、堪ったもんじゃないだろうな・・・)
七原は、内心で少しだけあの四人に同情した。
だが、このループももうすぐ終わる。
昨日の夜来た丸井と高鷲に事態をこっそり伝えた。
彼らなら直ぐライオウ様を呼び戻してくれるだろう。
七原の目から見ても、今回のジャックの行動は異常だ。
前からライオウ様へ執着し、癇癪で人を殺すジャックが好きではなかったし、近くにいる事で自分の命の危機もひしひしと感じている。
この件でライオウ様がジャックを粛正してくれれば良いな、ぐらいには思っていた。
「ちっ」
ジャックがまた舌打ちして煙草の煙を吐き出す。
再び、苛立ちが沸き上がってきたようだ。
気まずい空気が会議室内に流れる。
さらに電気と一緒に換気扇も死んでいる室内には煙草の煙が籠る。
七原自身、煙草は吸わないので煙たくて仕方なかった。
だからこそ、煙に紛れて漂っているその焦げ臭さに気づくのが遅れた。
「スン、スン・・・あれ?なんか焦げ臭くないっすか・・・?」
ジャックの部下の一人が鼻を動かし、室内に居るものへそう伝える。
他の者も鼻を動かし、匂いを確かめた。
「ホントだ」
「煙草か?」
「煙草はこんな匂いしないだろ」
と部下達が口々に言い合いを始める。
それもジャックにとっては、苛立つポイントだった。
「うるせぇ!煙草吸ってんだから、煙臭ぇのは当たり前だろうが!」
椅子から立ち上がりジャックが叫ぶ。
そんな彼に、部下の一人が言った。
「で、でもこれ、煙草っていうか・・・何かが燃えてる感じの匂いですよ。どっかで火事でも・・・」
「あっ!オイ、あれ!」
別の部下が会議室の天井を指差した。
全員が一斉にでそちらの方を向く。
するとそこから煙草の煙とは違う、黒ずんだ煙が湧き出していた。
「なんだ、こ・・・!!」
ジャックが叫んだが、彼が言い終える前に、天井が崩れて上の階を燃やしていた火の塊が室内にいた全員に襲いかかる。
それと同時に、会議室の扉が乱暴に破られ、銃を構えた老人と顔を包帯でぐるぐる巻きにした男が乗り込んできた。
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