第38話 この命果てるまで

「お兄ちゃん・・・」


 出口へ向かおうとしたら妹に――結衣に呼び止められた。


 俺がその声に足を止めて振り向くと、彼女は泣きそうな表情で俺を見ていた。


 そんな結衣を見て、じいちゃんが言った。


「待っててやるから少しくらい話してこい」


「でも・・・」


「それくらいはいい。それに・・・話せるのは、これが最後かもしれん」


「・・・分かったよ」


 俺はじいちゃんにそう言うと、結衣達の元へ向かった。


 結衣は俺が近くに来ると少し迷うような素振りを見せ、その後口を開いた。


「お兄ちゃん、あのね・・・お父さんとお母さんは・・・私を守ろうとして・・・もう・・・」


 途切れ、途切れな結衣の言葉。

 さらに途中で堪え切れなかったのか結衣が泣き出す。


 それでも彼女が言いたい事は、大体伝わった。


 きっと父さんも母さんも、もうこの世にはいない。

 結衣を守って、逝ってしまったんだろう。


「そうか」


 俺は、泣いている結衣に短く言った。

 それを受けて、彼女は泣きながら言葉を続ける。


「わ、私は・・・うぐっ・・・おじいちゃんも・・・お兄ちゃんまで居なくなるのは・・・ひっく・・・やだから・・・」


「・・・」


「だから・・・ぐすっ・・・もう来てくれただけで十分だから・・・逃げて欲し・・・」


「ふざけんな」


「ふえっ・・・?」


 俺の言葉に泣いていた結衣が硬直する。


 俺はそのまま彼女に言った。


「お前らが苦しんでるのに、逃げるなんて出来る訳ないだろうが」


「でも・・・!」


 結衣はまだ何か言いたそうにしていたが、俺は彼女が言葉を発する前に言った。


「お前達をここから連れ出すには、その手錠が邪魔だ。七原って奴を殺して解除してくる。幸い、今ならライオウって奴もここにいない。奴がいなくて、"能力"が使えるようになれば、みんな逃げられるだろ?」


 俺は言いながら錠剤のケースから紫のカプセルをあるだけ取り出すと、別の容器に移した。


 結衣はそれを見て俺に尋ねる。


「な、何・・・やってるの・・・?」


 それに俺はこう答えた。


「保険だ」


 俺は容器に入れた紫のカプセルを結衣達のそばに置いた。


 そして彼女にカプセルの効果を説明する。


「もし俺達が何にも出来ずに負けたら使ってくれ。これを飲めば、痛みなく筈だ」


 結衣は説明を受けて、黙って容器を見つめる。

 そして俺の方に視線を移し、言った。


「もしが選べるのなら・・・せめて最後は、おじいちゃんや若菜ちゃん、怜くんに真司・・・・・・お兄ちゃんと一緒に居たいよ・・・駄目?」


 そう言って結衣が俺を見つめてくる。


 それを受けて俺は少し心苦しさを感じながらも残った右目ではっきりとその目を見つめ返して、首を横に振った。


 そして俺は、ずっと言えなかった俺の本音を彼女に告げた。


「俺はお前らの才能が妬ましかった。俺にはない輝きを持っているお前らが・・・羨ましくて仕方なかった。ずっと・・・お前らに焦がれていたんだ」


「お兄ちゃん・・・?」


 結衣が少し困惑したような声で俺を呼ぶ。

 俺は俯き、言葉を選んで続けた。


「俺も・・・お前達みたいな特別に成りたかった。輝くものに成りたかった。でも、俺は・・・特別なんかじゃなかったんだ。だから・・・だから、お前達から逃げた」


 俺は只の凡人で、才能なんてなくて、それが心の奥底では認められなくて。


 そして、世界が変わっても俺は変われなかった。


「俺には・・・何の"能力"もないんだ。俺がもっと強ければ・・・それこそ、胸を張って助けてやるって言えるぐらい強ければ良かったのに・・・ごめん・・・」


 俺は結衣に頭を下げて謝る。


 俺には誰かを助けられるような"能力"はなかった。


 俺は・・・


 輝くものには成れなかった。


 分かってる。


 だけど、それでも、


「それでも――戦う事だけは出来る」


 お前らが苦しんでいるのに納得なんて出来ないんだ。


 それを変える為には、戦うしかない。


 特別じゃなくても、輝けなくても、それだけはしてやれる。


 それこそ死ぬまで・・・いや、



 この命果てるまで、戦う。



 それが俺がここまで来た理由なんだ。


 俺は結衣から横たわっている真司と怜に顔を向けた。


 薬が効いているのか二人は目を閉じて眠っている。

 俺はその姿を目に焼きつけると、そばにいる若菜へと尋ねた。


「ちょっと行ってくるよ。結衣と二人を頼めるか?」


 若菜は俺の頼みに、ぎこちない動きで頷いてくれた。


 それを見た俺は立ち上がり、結衣達に背を向けて大会議場の出入口へと向かう。


 もう結衣が俺を呼び止める事はなかった。


 待っていたじいちゃんに合流すると、俺は赤いカプセルを取り出した。


 ここから先はずっと戦いになる。

 休む暇はないかもしれない。


 ならばここが、この薬の使い所だろう。


 俺はカプセルを口に放り込み、そのまま飲み込んだ。


 途端にドクンと心臓が震え、どこまでも戦えそうな高揚感が全身を包む。


 俺はふぅーっと息を吐き出し、じいちゃんにも赤いカプセルを渡そうとした。


 だが、じいちゃんはそれを手で制して言った。


「今が一番体調が良いから必要ない。それに・・・薬はもう飲み飽きた」


「そうか」


 俺はじいちゃんの言葉を聞き、カプセルを仕舞うと出入口のドアノブに手を掛けた。


 そして、入って来た時と同じように静かにドアを開ける。


 結構騒いだつもりだったが、幸い廊下には誰もいなかった。


 そのまま廊下に出ると、入るときは気づかなかったが壁に案内板が張ってあって、『特別会議室』の場所が乗っていた。


 どうやらこの階のさらに奥の方にあるらしい。


 俺とじいちゃんは、顔を見合せて目的地を確認すると、そこに向けて静かに進み始めた。

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