第37話 血にまみれても
バシュッと空気を切る音がして、クロスボウから矢が放たれる。
それは寸分違わず、太った男の頭をぶち抜いて、奴をステージの下に落とした。
そして俺はそれと入れ代わるように、クロスボウを投げ捨てて、口に咥えていた刃を手に持ってステージへと躍り出た。
這いつくばった女を煽って弄んでいた男へ一気に接近し、手にした刃を振り下ろす。
「うっ!うわっ!」
男は咄嗟に転がって回避したが、俺は男の頭を思い切り踏みつけて動きを止める。
そのまま無防備になった首を刃で貫く。
さらに念のため、男の心臓にも刃を入れて止めを刺しておく。
「はぁ・・・!」
俺は一息吐くと、ロープを咥えて這いつくばっている女――若菜に駆け寄り彼女の口元のロープを掴んだ。
「ひゅ、ひゅずと・・・」
ロープから解放された若菜が声を上げる。
彼女は俺の名前を呼ぼうとしたみたいだが、顎が弱っているのか上手く発音出来ていなかった。
どうにかしてやりたいが、今は若菜よりあの二人の方が明らかに重症で優先だった。
俺はロープを引っ張って梁から外すと、吊るされたダンベルの下にいた二人――真司と怜の元へ駆け寄った。
二人は、酷い有り様だった。
身体中アザだらけで、顔は大きく腫れ上がっている。
きっと若菜が耐えられなくなってロープを口から離す度に、先端に巻き付けらたダンベルが二人を直撃したのだろう。
状態を確認した俺は、会長から貰った薬を取り出そうとポーチに手を伸ばした。
その時、倒れたままの二人が俺の方を見てしゃがれた声を上げる。
「ず、ずずど・・・なのか・・・?」
「・・・遅いよ・・・」
真司は驚いたように、怜はまるで俺が来るのが分かっていたかのように言う。
「うるさい・・・!無理して喋らなくていいから・・・!」
俺は二人を黙らせると錠剤のケースを取り出して青いカプセルを二人に飲ませようとする。
だがその前に背後から結衣の声がした。
「お兄ちゃん!後ろ!」
彼女の声に慌てて振り返ると、大きな黒い塊が俺の目の前にあった。
そしてそれがさっきクロスボウで頭を撃ち抜いた太った男の足だと認識すると同時に、奴は自分の頭に刺さっていた矢を引き抜き、そのままそれを俺の顔面に突き刺してきた。
「っ!」
咄嗟に回避したが不意打ちだったのもあって反応が遅れ、左目を矢で抉られる。
グチャリと眼球が潰れる不快な音が頭の中に響いて左側の視界が真っ暗になり、激痛が俺を襲った。
「ぐああっ!!」
声を上げて左目を押さえながらステージに倒れる。
「鈴斗!!?クソっ!」
結衣を見ていたじいちゃんが悪態を吐きながら、俺を助ける為にこっちに来ている。
だがそれよりも早く、太った男が再び俺に矢を突き刺そうと腕を振り上げていた。
俺を殺そうと迫る矢じりに『死』という言葉が頭をよぎる。
だが、
「お兄ちゃん!!!」
「ずずど!!!」
結衣達が俺を呼ぶ声がした。
その声に俺は残った右目をカっと見開き、落とした刃を見つけるとそれを握り締めた。
そして迫ってくる男の腕へ刃を振り抜き、腕を切り落とした。
腕を失くしてバランスを崩した男を蹴り飛ばし、跳ね起きる。
そして倒れた男に馬乗りになると刃を滅茶苦茶に振り下ろした。
頭を、顔を、肩を、胸を、腹を、
切って、刺して、突いて、抉った。
一振する度に男の身体が跳ねて鮮血が飛び散り、左目から流れる自分の血と合わせて、俺の身体を真っ赤に染め上げていく。
それでも俺は刃を振り下ろす手を止めない。
一心不乱に、ただただ殺す為に刃を振るい続けた。
「・・・斗!鈴斗!止めろ!もう死んでいる!」
どれぐらいそうしていたのだろうか?
そのうちじいちゃんの声が聞こえて、振り上げた俺の腕が動かなくなった。
見上げるとじいちゃんが刃を持っている俺の手を掴み、憐れむように俺を見ていた。
力を抜くとじいちゃんが掴んでいた手を離す。
俺の下には切り刻まれ、人の原型を失くした男の死体があった。
頭を撃たれても動いていたのは、多分こいつの"能力"だったのだろう。
散々切り刻んだ男は、今度こそ完全に沈黙している。
「うっ・・・!」
殺せたのに気が緩んだのか、抉られた左目がズキンと強い痛みを訴える。
それでも俺は立ち上がり、ボタボタと血を滴しながら真司と怜の元へと向かった。
今度こそポーチから錠剤のケースを取り出そうとする。
だがその時、自分の手が殺した男の血と肉で汚れているのに気づいた。
そして、それを拭おうとして・・・拭う場所もないほど自分の身体が血まみれなのにも気がついた。
こんな手で、二人には触れられない。
触れたくない。
俺は自分の分の包帯とガーゼだけ取り出すと、残りの医療品をじいちゃんに渡して言った。
「じいちゃん・・・ケースの中の青いカプセルを真司と怜に飲ませてやってくれ。痛みが和らぐ。それが効いてきたら打撲に効く薬がポーチに入ってるから・・・」
「・・・分かった」
じいちゃんは多くは言わずに俺から医療品を受け取ると、直ぐに二人の手当てを始めてくれた。
その間に俺は、ステージから降りて投げ捨てたクロスボウを拾い、傷ついた左目を包帯とガーゼで覆って保護する。
そして、それが終わると捕まっている中の、一人の男性に尋ねた。
「すいません」
「ひっ・・・!」
「
見た所彼らを拘束している金色の手錠は、この刃なら切れるかもしれない。
だが話しかけた男性は、何故か俺を見て怯えるばかりで応えてくれない。
仕方ないので少々強引に男性を椅子から下ろし、手錠に刃を当てて押し込もうとする。
しかし、何度試しても、刃が通らない。
刃では手錠に傷一つ付けられない。
(駄目か・・・)
刃で壊せればわざわざ七原を探さなくてもここの人達は解放出来たが、物事はそんなに上手くはいかないらしい。
俺は男性を椅子に返すとじいちゃんの元に戻った。
「終わったぞ」
じいちゃんが戻ってきた俺にそう言葉を掛けてくる。
その言葉通り、真司と怜は包帯やら薬やらを塗られて治療され横たわっていた。
そばでは、若菜と結衣が心配そうに二人を見つめている。
そんな彼らに俺は、一歩近づこうとして・・・止めた。
そのままじいちゃんに向き直ると耳元に口を近づけて小声で言う。
「手錠は壊せない。結衣達を連れ出すなら、やっぱり七原を殺すしかないと思う」
じいちゃんは俺の言葉に少し考える素振りを見せ、それから言った。
「どうやらこの階には、ここ以外に『特別会議室』があって、他の連中はそこにいるらしい」
「そこに七原は?」
「・・・いる。写真を見せたら結衣が覚えていた」
いるのか。
じゃあ、やる事は一つだけだな。
殺す。
結衣達が先に見つかったのは誤算だったが、結局、俺が現状を変えるにはそれ以外ないのだ。
俺は直ぐに切りかかれるよう、刃を腰のベルトに吊るす。
平澤さんに渡されたリボルバーの銃弾も確かめる。ちゃんと5発入っていた。
そして、クロスボウを引き絞って新しい矢をつがえる。
これで俺の準備は出来た。
そうしてステージから背を向けて大会議場の出口へ行こうとすると、遠慮がちな声が俺の背中に掛かった。
「お兄・・・ちゃん・・・待ってよ・・・」
「・・・」
それは、意図して向き合うのを避けてきた妹の声だった。
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