第36話 明確な殺意

 都庁周辺にいた見張りは、いきなりの砲撃にかなり浮き足立っていた。


 武器を手に砲撃を受けた現場に急行する者もいれば、地面に伏せたまま動かなくなったり、見張りを放棄して逃げ出した者までいる。


 この事態になってまだ一ヶ月も経ってないし、ここの見張りは攻撃を受けるなんて想定してないから士気も練度もそんなに高くないのかもしれない。


 なんにせよ、これは俺とじいちゃんにとっては好都合だった。


 堂々と都庁までの道を進み、混乱に紛れて正面から都庁の中へ潜り込む事が出来た。


 さらに潜り込んだ先のホール内も慌てている様子で、俺達が増えても誰も気づいた様子がなかった。


 ここまでは順調。

 さて、ここからだ。


 ここから七原という男を見つけ出して始末し、結衣達がいるなら連れて脱出しないといけない。


 うろ覚えだが都庁は、大体40階建ての巨大な建物だ。


 当然、部屋数もその大きさに見合うぐらい膨大で、俺とじいちゃんでイチから探していたら時間がどれだけあっても足りない。


 この混乱が続いている内が勝負なんだ。

 あんまりちんたらしてると終わってしまう。


 そう思って少し焦っているとホールの奥から大きな声がした。


 声のした方を見ると、白いスーツに身を包んだ若い金髪の男性が、数人の男女に囲まれて声を荒げていた。


「落ち着け!!状況を簡潔に教えろ!!何があった!?」


 金髪の男性の問いに、囲んでいる内の一人の男性が答える。


「さっ、さっき、都庁に近い道路で爆発があって・・・!み、みんな混乱してます、ジャックさん、どうにかしてくださいよ!」


 ジャック。


 その名前が出た瞬間、じいちゃんと顔を見合わせる。


 俺が出会った巨鷲と火球を操る男は、七原はジャックに脅されていると話していた。


 流石に脅している相手の居場所が分からないなんて事はないだろうから、ジャックを捕まえれば七原の居場所を聞き出せる。


 絶対に逃がす訳にはいかない。


 そう思ってジャックを凝視していると、奴はすがってきた男性に舌打ちし、彼に手刀を振るった。


 するとそれだけで男性の身体が真っ二つに裂け、身体から血が吹き出した。


「きっ・・・」


 そばにいた女性が悲鳴を上げようとしたが、それより早く、ジャックの手刀が再び振り下ろされる。


 それによって男性と同じように女性の身体も真っ二つに裂けた。


 鮮血が飛び散り、ジャックが叫ぶ。


「ぎゃあぎゃあ喚くな!!!とっとと騒ぎを起こした奴を見つけてこい!!!ライオウ様が戻るまでに見つけられなかったら、俺がお前らを殺すぞ!!!」


 ジャックを囲んでいた男女は、その命令に弾かれたようにその場から駆け出して、都庁の外へ出ていった。


 ジャック自身は、それをしかめっ面で見送って上階へと消えていく。


 俺はクロスボウを構えてじいちゃんに言った。


「じいちゃん・・・!」


 じいちゃんも猟銃を構えて応える。


「ああ、追うぞ」


 そうして俺達は、2階に消えたジャックを追って、隠れながらホールを移動した。


 2階にたどり着くと、さらに別の階段で上階に向かうあの白いスーツが目に入った。


 奴はまだ上の階に行くみたいだ。


 俺とじいちゃんは気づかれないようにそのまま追いかけ続ける。


 そうすると奴は何階か登った後にようやくフロアの中に入っていった。

 階段についているパネルには、『五階 大会議場』と記されている。


 俺とじいちゃんは階へと続く扉を慎重に開けた。


 その瞬間、微かに汗と血の匂いがした。


 それに合わせて痛みに呻くような低い声と、すすり泣くような声も聞こえてくる。


 少しだけクロスボウを持つ手に力が入った。


 落ち着け、と自分に言い聞かせて思考を切り替える。


 冷静にフロアを見渡す。


 このフロアも建物全体と同じく電気が通ってないみたいで、窓はあるが薄暗い。


 だが所々にランタンのような物が置いてあってそれである程度の明るさは保たれていち。


 さらにご丁寧に案内表示がしてあって、大会議場に向かう通路にも見張りはいない。


 俺とじいちゃんは顔を見合わせると、それぞれクロスボウと猟銃を構えながら大会議場に向かって前進する。


 そして、あっという間に大会議場の扉の前についた。


 俺はドアノブに手をかけてそっと扉を開け、内部を覗き込む。



 そこで見えたものは――



 廊下よりは明るいがそれでも薄暗い室内で、並べられた椅子に、裸にされ後ろ手に金色の手錠を付けらた人達がまるでコレクションのように座らされている光景だった。


 殆どの人が俯いていたり、すすり泣いている。


 そして、部屋の中心であるステージの上では、梁の上を通ってロープが伸びていた。


 片方のロープの先端には血が滴るダンベルが巻き付けられており、空中に吊り上げられている。


 そしてそのダンベルの下には、赤黒い血にまみれた二人の男性が仰向けに転がされていた。


 もう片方のロープの先端は、這いつくばった女性の口元に伸びており、彼女はダンベルを落とさないように必死に伸びたロープを噛んでいた。


 その周囲では必死な彼女を煽るように、二人の男が下衆な笑みを浮かべている。


 さらにステージの端では、太った男性が別の女性の頭を掴んで怒鳴っていた。


 何を言っているかは、上手く聞き取れない。


 だけど、ただ一言だけ。


 それだけが何故かはっきりと俺の耳に届いた。


「――もうやだ!助けて!!!」



 ・・・・・・ああ。



 俺は扉を開けて、大会議場に侵入した。


「っ・・・!?」


 相談も無く行動した俺に、じいちゃんが驚いたような顔をするがもう止まらない。


 そのまま捕まっている人達に隠れながらステージまで接近する。

 彼らは接近する俺に気づいた筈だが、驚いた顔はしても誰も騒ぐ事はなかった。


 ある程度接近すると刃を取り出し、鞘を抜いて持ち手を口で咥える。


 そのままステージにいる太った男性の頭にクロスボウの狙いを定めた。


 冷静に、あくまで冷静に、どこまでも冷静に。






 そして明確な殺意と共に、俺は一切の躊躇なく引き金を引いた。

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